小説 川崎サイト



泥巳池

川崎ゆきお



 心霊スポットとして知られている泥巳池周辺は、噂が先行し、実体の影が薄くなっていた。心霊現象なので元々実体と呼べるものはないのだが、怪現象が起こらないと、来た人は物足りない。
 フリーライターの浅香は何度もこの泥巳池を取材している。今回で五度目だが、怪現象に出くわしたことは一度もない。
 近所の人も今は心霊スポットとは思っていない。
 泥巳池は自然の湧き水で出来た池で、人工のものではない。昔は湿地帯だったが、今は住宅地となっている。
 泥巳池は町の北の外れにあり、その先は山で行き止まりとなる。
 浅香は泥巳池バス停で降りる。池に沿ってバス道が走っている。いきなり池に来てしまえるので楽なのだが、迫力が今一つ出ない。
 よくある怪談で、池沿いの道を流していたタクシーが、そこで女を乗せる。しばらく走っていると、後ろにいるはずの女の姿がない。そしてシートが濡れていた……という感じだ。その日は雨は降っていないので、どうして濡れているのかを考えると、思いつくのは池。
 つまり池で入水自殺した女の霊ではないか……となる。
 しかし数年前、外来魚駆除で池の水を抜いたことがある。人骨は発見されていない。
 浅香は池の周囲を歩いた。まだ日暮れまで時間がある。
 水際で水草を手入れしている集団がいる。今は心霊スポットではなく、自然環境の保存地として有名なようだ。外来魚の影響で生態系が変わってしまい、元に戻そうとしているらしい。
 浅香はカメラを向けた。
「取材ですか?」
 胸まである長靴姿が声をかけた。
「はい」
「まだ、いるんだな」
 外来魚のことらしい。
「昔のねえ、池の写真があってね、あの状態に戻したいんだけどさ。もっと緑が豊かでね、ベトナムの農村みたいな感じなんだな。まあ、池周辺だけでも残したいねえ」
 浅香は池の風景と外来魚がどう影響しているのかは知らない。
 心霊スポットの定番から生態系スポットになっているようだ。
 誰かが外来魚を投げ込んでから、幽霊も出なくなったのかもしれない。
 
   了
 
 
 

          2007年3月22日
 

 

 

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