小説 川崎サイト

 

席取りレース


 中村は決まった時間に喫茶店へ行くのだが、その道での話だ。特に凄い話ではないが、人の動きがある。まあ、外に出ている人は動いているので、珍しくも何ともないが、腑に落ちることがある。ああそうだったのかと。なるほどと、頷けるような。
 中村は同じ時間に行くのだが、多少遅れたりする。そのとき、お気に入りの席が埋まっていることがある。それと道の話が繋がる。
 部屋を出て半分ほど行ったところで背の高い老人を自転車で追い抜く。これは毎朝そうだ。この老人、喫茶店の客で、いつもカウンター席の端に座っている。その老人を追い抜くということは、中村の方が先に店に入ることになる。中村はカウンター席には座らないので、かち合うことはない。
 次に似たような老人だが口髭、これは鼻の下だけコップを洗う細いタワシのようなボリュームのある髭を生やしているのだが、その人とすれ違う。この人は喫茶店とは関係はないが、ほぼ公園前だ。そこに時計があるのだが、いつも同じ時間。だから公園の向こう側ですれ違うと、中村の方が出るのが早かったのだろう。それは滅多にない。その時間だと喫茶店はまだ開いていない。公園の手前ですれ違うと、中村が遅かったことになる。
 その髭老人とすれ違ったところを、今度は青い色の自転車に追い抜かれる。最初は気付かなかったのだが、喫茶店の客なのだ。最近見かけるようになった。自転車置き場にその自転車が先に止まっている。ただ、青い自転車は珍しくない。しかし何度も追い越されると、いつの間にか覚えてしまい、後ろ姿も覚えた。小太りの中年男だ。この男が最近中村が座っている席にいる。一番お気に入りの席に。最近そこに座れないのは、ここで追い抜かれるためだろう。
 また、喫茶店に近付いたとき、その駐車場に車が入ってくる。軽の小さな車だが、そこから老人が出て来るところを見ることもある。この老人、その店で一番の年寄りだろうか。
 つまり、最初の背の高い老人、次は青い自転車の中年男。次は最年長の車。それらを順を追って目撃できる。腑に落ちるというのは、席に落ちることだろうか。それぞれ喫茶店内に着地する。着席だが。
 それに気付いたのは最近のこと。ただの通行人だとしか認識しなかったが、いつも見かける人が、どのような順番で店へ向かっているのかが見えるようになった。
 さて青い自転車に追い抜かれてから、乳母車に犬を二匹乗せ、もう一匹を重そうに引っ張りながらの散歩人や、すぐ近くの家の飼い猫だろうか、足が悪いのか、いつも後ろ足を引っ張りながら散歩している。この猫はこの時間に散歩に出るのだろう。さらに行くと、小さな祠があり、そこに年寄り夫婦が必ずお参りしている。これは散歩のついでだろう。これも一分出るのが遅いとか、早いとかで、見られないこともある。もう祠から離れていたり、祠へ来る途中だったりする。
 他にも色々と行き交う人がおり、定期便のように毎日同じ時間に通過している、その中の三人までが喫茶店内で一緒になるのは珍しい。
 つまり席順は喫茶店までの道で決まってしまう。これはマラソンで一般道路から競技場に戻って来たようなものだ。しかし、ほぼ順位が決まったまま、入ってくるだろう。
 もし喫茶店が広い場合、まだ順位は決まらないことになるが、ドアを先に開けて通過したものが勝ち。喫茶店内には四百メートル走れる余地はない。また店内では一列になるので、追い越せない。
 中村のライバルは青い自転車だが、そのスピードが早い。ここで抜かれると、あの席が取られてしまう。だから部屋を出るのを早くするしかないのだが、そこまでして取りたい席ではないので、譲ることにした。
 
   了

 


2016年8月30日

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