小説 川崎サイト

 

一瞬の景気


「誰か教えてあげないと」
 田端砦は山腹にあり、急斜面。ここに大軍が押し寄せていた。そこを登りきれば峰に出る。そして山寺がある。峰の向こう側は山また山。大軍が通れるような場所ではない。
「教えてはいけないよ」
 父親が娘を諭す。峰の向こう側から来た農夫親子で、山寺に野菜や肉を運んでいた。これで景気がいい。その山寺から砦へと食べ物が運ばれる。当然米も。
 攻め手は狭い谷から砦のある崖に取りかかっているのだが、鉄砲などがなかった時代、山城を落とすのは大変だった。しかし、ここは砦程度で、しかも急ごしらえ。それで甘く見たのか、一斉に取りかかったのだが、どの兵も坂からズリ落とされた。狭いため大軍の意味がないのだ。
 砦の主は豪族程度の武将だが、ある貴種を旗頭にしていた。位の高い人の血筋だ。その人を守っているのだ。
「教えてあげればいいのに」娘がまた言う。
 つまり、裏はスカスカで開いているのだ。しかし正面から砦を見ると、山の中腹にあり、その左右は峰が長々と続いている。だから、峰の向こう側へ出るためには、かなり回り込まないといけない。そこは山岳部だ。
 峰への登り口には村があり、そこが本陣で、大軍はそこに陣取っている。この大軍は寄せ集めで、一応参加しているだけの部隊も多い。そのため、麓の村から出ようとしない。
 あまり気勢が上がらないのは、その砦を落としても、大した手柄にならないため。
 半年以上の籠城戦に絶えてきたのは、裏が開いていたからだ。そこから兵糧その他のものが持ち込まれた。この時代、一番使っていた武器は弓矢。そのため矢も大量に運ばれている。逆に攻め手の大軍の方が矢が不足し、所謂拾い矢をして凌いだ。大軍は遠方から来ており、荷が間に合わなかったり、襲われたりした。当然食べるものも不足していたため、早く済ませようと、無理攻めに無理攻めを重ねていた。
「教えるわけにはいかんだろ、間道を。そんなことをすれば半日で御館方様の砦は落ちるわい」
 この峰への登り口、実は多数ある。表からでも四箇所以上あるが、大軍が来る前に塞いでしまった。登り口が分からないように。しかし裏側はそのままだ。
 大軍の中の誰一人、峰の向こう側へ出て様子を探ろうとする者はいなかった。余計なことをしたくなったことと、大軍の総大将にその頭がなかった。それに馬から下りて足軽や悪党の真似はしたくなった。そんなことをしなくても、すぐに落ちると思っていたためだろう。
 農夫親子は寺に荷を運び、銭を沢山もらった。
「だから教えちゃだめなんだよ」
 一方。山の表側には市が立った。日用雑貨品から色小屋まで。そして、誰も登り口を教えなかったのは言うまでもない。
 この戦い後、倉が建つ農家もあったが、その後の戦いで、全部強奪されてしまった。
 
   了

 


2016年9月3日

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