小説 川崎サイト

 

精神の安定


「安定した時間というのはありますか」
「え、安定」
「安心して過ごせるような時間帯です」
「それなら寝ているときだろうねえ。安心も心配もなかったりする。意識はあってもないようなもの、頭もお休みだ。しかし、何処かがまだ起きているんだろう。見張り番のように。だから大きな音がすると起きる。静かだと朝まで寝ているよ。この時間が一番安定しているね」
「起きているときでは」
「好きでも嫌いでもないような、昨日と同じ様なことを繰り返しているときかな。安定はしているが、面白くも何ともない。仕方なくやっていることもあるしね。しかし、分かりきったことをやっているので、安心感はある。だから安定していると言える」
「精神的な安定を得るためには」
「え」
「安定した精神状態で常にいられるようになりたいとは思いませんか」
「だから、今、言ったでしょ。寝ているときは、それが得られていますよ。起きているときは、昨日と同じ様なことをしていると、結構安定してますよ。嫌々ながらやることもありますがね。これ、さっきも言いましたね。聞いてなかったのですか」
「そうじゃなく、精神が穏やかになり、心は波立たず」
「いや、波は立つでしょ。じっとしていても。その波や風があってこそ穏やかなときがある。最初からそんな状態なら、それはもうボケているのですよ」
「え」
「まあ、一瞬の安定もいいねえ。精神的にもいい。しかし一瞬」
「どんな状態でしょうか」
「何かが達成される見通しが付いたときだ。ただ、すんなりといくようなことじゃ、見通しも糞もないがね。苦海を泳いでこそ浄海がある。浄海だけじゃ、つまらんでしょ。変化がない」
「お説は分かりますが、精神の安定を求められる場合は、是非私にご相談ください」
「そんなもの求めておらんので、用はない。さ、帰った帰った」
「サンプルの安定剤を置いて帰ります。精神の安定に効く薬草を詰め合わせた飲みやすい糖衣錠です」
「下痢を起こしそうだが、あんた、そんな薬を進めて、精神の安定があるの」
「はい、飲んでますから」
「そのようには見えないよ。何か目がメダカのようだ。この薬を飲むと、そんなメダカの目になるんだね」
「いえいえ」
 
   了

 


2016年9月7日

小説 川崎サイト