小説 川崎サイト



笑えない男

川崎ゆきお



 吉長はネットの世界に自分の居場所を見いだした。
 彼は人前に出るのが苦手だった。出られない理由が第三者から見ても十二分にあった。当然就職も結婚もしていない。
 しかし人間嫌いではないし、人と会うのも嫌いではない。
 すべてが容姿で決まることを小学生の頃から悟っていた。
 これを悟らなければ生きていけないからだ。吉長は似たような男を見るとぞっとした。自分もあんな感じなのかと思うと、控えめな人生を過ごさないと、非常に見苦しいことになると学習した。
 吉長がネットの世界に入り込んだのは、ネット上の仕事を引き受けたときからだ。
 生計をネット上から得ていたが、それは単なる職場のようなものだった。
 しかし、吉長と似た容姿の友達がコミュニケーションサイトで人気者になっていることを自慢げに話しているのを聞き、触手が動いた。
「出会わなければいいんだよ。リアルで会わなければいんだよ」
 その友達の紹介で吉長は会員になった。
 吉長は小まめに他の会員のページを訪問し、心優しいコメントを書き込んだ。
 吉長は非常に心優しい男なのだが、それを知る女性は一人もいなかった。それ以前の問題として相手にされなかったので、興味も持たれなかったのだ。
 しかし顔を見せなくてもよい世界では、その壁が外れていた。
 吉長は勢いづき、封印させられていたものを嵐のように噴射させた。それは優しい風であり、癒しの風だった。
 吉長のページに書き込みにくる人間が増えた。女性だけではなく男性の訪問者も日々増え続けた。
 あっと言う間に紹介してくれた友達よりも賑わった。
「これがねえ、リアルなら凄いと思わない」
 ある日、その友達がポツリと言った。深夜のファミレスだ。他の客はすべてカップルだった。
「そこは悟っているよ」
「俺はリアルも欲しい」
 吉長は、それは禁じ手だと諭す。
「分かっているけどねえ。会いたいってメールも来てるんだ。君とこはどう?」
「来てる。写真付きで」
「俺、会ってみようと思う。それが目的で始めたんだから」
「会わないのが相手のためだよ。ショック与えるだけでしょ。僕にはそんな仕打ちは出来ない」
「し、仕打ちか」
 二人は笑えなかった。
 
   了
 
 
 

 

          2007年3月26日
 

 

 

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