小説 川崎サイト

 

怖い話


 怖い話なのだが、その殆どは何かで見たり聞いたり読んだりしたものが多い。本当に怖い実体験もあるだろうが、それは滅多にない。体験外なら毎日でもある。その怖い話の中身は幽霊を見たりとかではなく、もっとリアルなものだろう。事故に遭いそうになったとか、怖い結果が出たとか。しかし、本当にそんな目に遭っている最中は、怖いかどうかは分からない。後で考えると、もの凄く怖いことをしていたとか。
 怖さが予見される状態。これが怖い。幽霊もそうだ。出そうなときが一番怖い。当然、バーンと幽霊が出たときは、さらに怖いはずなのだが、そのときはショックで分からないかもしれない。少し落ち着いてから、ああ怖かったとなる。まあ、その程度の感想で済めばいいのだが。
 怖いのと、びっくりするや驚くとは違う。そのため、幽霊を見たときは飛び上がるほどびっくりするかもしれない。だから、これは怖さ、恐怖とは少し違う。結果的には恐怖体験として語るのだろうが。
「ですから、想像しているときの方が怖いのです」
「しかし、まだ何も怖い目に遭っていないのでしょ」
「十分、怖いです。これも恐怖体験です」
「想像だけで」
「そうです。たとえばホラーものを見たとき怖いでしょ。まあ、作り物なので、怖く感じない人もいますが」
「そうですね、映像的に驚かされるだけで、怖いのとは、違うのかもしれませんが、それでもやはり怖いですよホラーや怪談は」
「想像で一番怖いのは体験談でしょ。これは作り話じゃない。実際にあったことですからね。地続きですよ」
「そうですねえ。自分も体験するかもしれませんし」
「まあ、世の中、怪談以外にもっと怖いものはいくらでもありますから、ホラーなんて可愛いものですよ」
「そうなんですか」
「人は未来を恐れる」
「あ、はい」
「それがいけないわけじゃないのですが、予知しすぎる。予測しすぎる。それで、色々な防御のための知恵を働かせたり、実際にそうならないように働きかける。転ばぬ先の杖が凶器になる。過剰防衛とは言いませんがね。先読みしすぎなのですよ。そしてその基本となっているのは恐怖なんです。怖いからです」
「恐がりなのですね。人は」
「そうです。臆病な子犬は震えているだけですが、人は何かをする。これが怖い」
「想像するから怖いわけですね」
「そうです。恐怖とは想像力が成せる幻想です。まあ、夢幻なら良いのですが、ありそうな現実です」
「では、想像力がある人ほど恐がりですか」
「そうとも限りません。ただの無知か、神経が細かいかでしょうねえ。こういう人が未来に何かを働きかけると、怖い。鈍い人の方がよかったりします」
「想像力が弱い人ですか」
「いや、あらぬ想像はしないのでしょう。スイッチが入らないのです」
「じゃ、心配性の人の方が危険だと」
「さあ、それはよく分かりません。非常に神経質な人で、敏感な人なのに、ある点に関してはもの凄く鈍かったりしますからね」
「はいはい、います、います」
「ある方面にはもの凄く想像力が働くのに、別の方面では無神経。まあ、殆どの人がそうでしょう。その割合程度の差」
「そういうことも含めて、色々と想像すると怖いですねえ」
「怖い怖い」
 
   了





2016年9月25日

小説 川崎サイト