小説 川崎サイト

 

更け待ちの月


「更け待ち月って、ご存じですか」
「更け待ち。老けた月ですかな」
「夜が更けてから出る月です」
「え、月は夜でしょ」
「その夜の少し更けたときに出る月です」
「更けるのを待っているのは誰です」
「さあ、月ですか」
「月は待たないでしょ。人でしょ」
「しかし宵待草もありますよ。あれは草が待っている。夜になるのを」
「ああ、なるほど。それより、最近、月、ありますか」
「え」
「月など最近見ていませんなあ」
「ほう」
「月見草も、月など見ていなかったりしますよ」
「月見草と宵待草は似てますねえ。同じかもしれません」
「そうなんですか。しかし昔ほど月は見ていない。子供の頃は部屋から見えてましたよ。田舎ですがね。月明かりが入ってくるような間取りでした。結構当てにしていたんでしょうねえ。まあ、家が今ほどなかったので、窓を開けると隣の家ってこともなかった。夜空もよく見えた。縁側でお月見もしていた。白い小さな団子を供え、ススキを立ててね。今、そんな縁側ありますか。あっても前にどかんとマンションがあると、さっぱりだ」
「いや、マンションからよく見えますよ」
「高いところに住んでおられるからでしょ」
「見晴らしがいいので、月も星もよく見えますよ」
「じゃ、月見も」
「それはしませんがね。それに滅多に月など見たりはしませんよ。しかし、たまに驚くことがあります。窓の向こうに何かいるのです。月が丁度そこにいるんですが、びっくりしますよ。まるで月に覗かれているようで」
「いいですなあ高層マンションは」
「それほど高くはありませんよ。高台に立っているので、見晴らしがいいだけです。それにこのマンション、県営なので安いのです」
「しかし、田舎へ行けば、まだまだ月明かりは必要でしょ」
「いや、それは余程辺鄙な山奥じゃないとね。最近は田舎でも道は明るいですよ。月明かりなどなくても」
「それより、更け待ちの月ですが、それがどうかしましたか」
「ああ、夜更けにならないと出ない月。これを一度見たいと思いましてね。二十日ぐらいだと聞いているのですが、毎回忘れます」
「高い場所だとそういう楽しみがあるのですね」
「あるんですが、あまり風流じゃないです。それより、天体望遠鏡が欲しいです」
「ほう、じゃ、月以外に星も」
「いえ、もっと下を見ます」
「ああ、それはお悪いご趣味だ」
 
   了



2016年10月7日

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