小説 川崎サイト

 

稲賀谷の巫女


「さて、どこまで話しましたかな」
「適当に聞いていたので、忘れました」
「印象にも残っていないと」
「すみません」
「まあ、つまらんよくある話なので、適当に聞き流していたのでしょ」
「いえ、そのときは聞いていました」
「しかし、記憶にない」
「はい、度忘れです」
「稲賀谷の魔法使いについての話ですよ」
「ああ、思い出しました」
「そうでしょ。魔法使いの話なので、これは目立つでしょ。印象に残るでしょ」
「いえ、そのときはしっかりと聞いていましたが、度忘れというのがあるでしょ。それです。完璧にその話、記憶しています」
「思い出してくれましたか」
「はい」
「じゃ、続きを」
「え、あのお話しはあれで終わったのではないのですか」
「稲賀谷の魔法使いは高齢で後継者に若い巫女を選んだ」
「それでお話しは終わったと」
「ところがこれが相性が悪かった。若い巫女には魔法使いの才能どころか、その方面での力は全くなかったのですよ。稲賀谷の魔法使いは巫女ならその力があると思ったのが間違い。稲賀谷に祈祷師が一人いますが、これは彼より年上の老婆、これでは跡を託しても短い。その稲賀谷の祈祷師も、若い巫女を後継者にしたいと思っていたので、稲賀谷の魔法使いと祈祷師との対決になった」
「でもその巫女には能力がないのでしょ」
「いや、稲賀谷の魔法使いにも祈祷師にも実はそんな能力などない。だから巫女ならいけると思ったのだろうねえ」
「その魔法使いと祈祷師との戦いはどうなりました」
「爺さんの方が体格もでかく、力もあるし、杖という凶器を持っているので、小柄な祈祷師の老婆など簡単に片付けた。いや、戦う前に老婆は降参した」
「魔法と祈祷との対決ではなかったのですね」
「残念ながら」
「それで、魔法使いのお爺さんは若い巫女を弟子にしたのですか」
「そこまではよかったが、才能が無い。素質がない」
「その若い巫女は稲賀谷の何処にいたのですか」
「稲賀谷西側にある小さな村だ」
「そうではなく、巫女をしていた場所です」
「単独だ」
「じゃ、魔法使いのお爺さんも、祈祷師のお婆さんも、若い巫女も、結局何処にも所属しないフリーの人だったのですね。そして普通の人」
「普通じゃないが、その種の能力はなかったようだ」
「それで、どうなりました」
「若い巫女は一応弟子になり、魔法使いのお爺さんから魔術を学んだ」
「でも二人とも超能力はないのでしょ」
「魔術というのは、術で、これはテクニック。誰でもできる」
「そうなんですか」
「だから、若い巫女はそのテクニックを学んだことになる。長い間磨いてきた魔法使いの魔術なので、これは結構参考になったようだ」
「それからどうなりました」
「魔法使いの爺さんが亡くなると、今度は若い巫女は祈祷師のお婆さんの弟子になった。婆さんは大歓迎で、祈祷術を継がせた」
「はい」
「そして、その婆さんも亡くなったので、稲賀谷でややこしいことをしているのは若い巫女だけになった」
「あの有名な西方の巫女とは彼女のことですか」
「それは後の話。若い巫女は魔法使いの弟子なので、魔術師でも良かったし、祈祷師の弟子でもあるので、祈祷師でも良かった。しかし、巫女が好きだったのだろうなあ。最後は巫女として活躍した」
「西方の巫女と言えば、全国至る所に現れ、大活躍していますよ。もの凄く有名な巫女です」
「しかし、巫女としての能力は何もなかったのだよ。そういう巫女ほど有名になるものだ」
「そういう結末の話でしたか」
「次は、その若い巫女が年取ってからの話になる。今度は忘れないようにな」
「はい、分かりました」
 しかし、次回もまた忘れてしまったようだ。
 
   了

 


2016年10月25日

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