小説 川崎サイト

 

野外イベントスタッフ


 いつもはがらんとしている朝のファストフード店。珍しく客席に人の塊が見える。しかも団体さんらしく、テーブルを二つ占領し、さらに横のテーブルも取っている。何かの流れで休憩に来たわけではなく、これから出発するようだ。つまり、野外イベントがあるらしく、その設置に向かう人達だ。全員若くて二十歳代。しかし、一人だけ中年過ぎの親父がいる。この人が先に店に来て、スタッフが来るのを待っていたようだ。
 野外、おそらく公園だろう。広場のようなもので、そこでコンサートや屋台、また、フリーマーケットなども出るようだ。
 このイベントは若い人達がメインで、実行委員会も全員若い。今年で二年目だろうか。経験不足から、色々と不都合が起きたりしていたのだが、大きなクレームが出るようなものではない。当然去年も反省会があり、段取りの悪さや、人の配置なども再考された。しかし、それ以前に若い人達にとり、そういう組み立てやばらしなどの設置が楽しいようで、何もない広場に一夜城のようにテントが張られたり、屋台が出る。一瞬のうちにお祭り広場になる。それをみんなで作るところが楽しいのだろう。当然入場料を取るわけでもなく、利益などない。手弁当で組み立てごっこや、イベントごっこをやっているようなものだ。
 さて、そこに現れたのが中年過ぎのその親父。こういうことに関しては経験豊富なようで、若いスタッフが連れてきたのだが、これがいけなかった。
 去年もその店に集まり、現場へ向かったのだが、実に和やかなものだ。学園祭の乗りで、役割分担もあるのかないのか分からない状態だが、集合場所のファストフード店から苦情が出るほど盛り上がっていた。イベント前の歓談で、特に打ち合わせなどはない。
 ところが今年はその親父がでんと座り、一人で喋っている。そのほとんどがイベントに関しての注意事項で、その準備から終わりまでの色々なことを語り出している。その声は怒り声で、今どきの工事の現場監督でもそんな臭い声は出さないだろう。
 若いスタッフの一人が呼んできたのだが、困ったときに知恵を借りる程度。しかし、その程度を越えており、すっかり頭領になっていた。リーダーだ。
 今まで、色々なところで、そんなイベントの設置や運営に関わってきた人だけに、黙って聞いているしかない。
 その親父、それで食べていた人ではなく、ただの素人だ。年を取り、経験を積んでいるだけ。しかし、その親父、美味しい餌にありついたことになる。
 若いスタッフ達は、これではいけないと思うものの、手伝ってもらわなくても結構ですとは言えない。
 そして、遅れて到着したスタッフも、最初の笑顔はすぐに消え、その親父の演説を一方的に聞くことになる。何か様子が違うとは思うものの、呼んだ相手が悪かったのだ。
 確かに有益な話を親父は語っているのだが、転ばぬ先の杖ではなく、やってみなければ分からない。転ばぬ先の杖も折れるかもしれないし、いらないかもしれない。また、予測できないトラブルが起こるかもしれない。そう言うことを含めて、みんなで向かいたいのだ。
 結局現地に先に到着していた実行委員長の若者が、うまくその親父に、清掃スタッフを頼んだ。設置は殆ど力仕事なので、楽な役を振ったのだ。そして当日は整理係兼ゴミ係。
 この若い委員長、特に優れた人ではないが、全てを取り仕切る権限を与えられていたので、それを実行しただけ。
 それで親父は片隅に追いやられ、その後、イベントに関する蘊蓄を語りだすと、はいはいはいと交わされたようだ。
 
   了

 


2016年11月6日

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