小説 川崎サイト



仮想世界

川崎ゆきお



「なぜバーチャルな世界に行くのか分かるような気がしたねえ」
 オフィスには二人しかいない。もう深夜だ。
 黒沢は適当に聞いている。修正箇所が重なり、帰れなくなったのだ。
「朝までには直るか?」
「頑張ってみます」
「まあ、私も付き合いますよ」
 黒沢はキーボードを連打している。
「さっきの話なんだけどね。昨日の日曜日、晴れてたんで自転車で散歩に出たんだよ。運動不足だし、まあ、急に思いついたんだがね」
「僕も駅までは自転車で通ってますよ」
「決まった道だろ」
「はい、最短距離じゃなく、最短時間で走れる道を見つけて」
「じゃあ、いつもの風景だ」
「風景? そんなの見ていないかなあ」
「見るべきものがないからさ」
「そうですねえ」
「子供の時分に行った村があるんだ。近所だけどね。その頃は村があちらこちらにあってね。神社とか、妙な寺とか、大きな木とか、凄い屋敷とかがあったんだよ」
「そんな田舎でしたか?」
「田舎じゃないけど、まだ村だったんだ。まあ、うちの近所も随分変わったんだから、当然だけどね。村を探すのが大変だったよ」
「チーフのお宅はベッドタウンでしょ」
「でも、まだ農家が残っていたんだよ。怪しげな薮とか、ため池とかね。ああ、私が何が言いたいか分かるかな」
「昔の景色が懐かしいとか」
「まあ、そういうことなんだけど、もう現実は駄目だなあと思ったよ。村も町も整備されてるがね。それだけのことだ」
「そんなこと、考えたことないです。関係ないですし」
「そうだろうねえ。昔の村がもうない」
「でも、これがそうでしょ」
 モニターには村が映っている。村の大通りを何人ものキャラが歩いている。
「そうなんだな。知らないで作っていたんだよな。もう、こういう仮想の村にしか村はないだな」
 黒沢は雑貨屋で売っている魔法石を修正していた。うまく買えないのだ。
「この時間でも人が多いねえ」
「新しいマップも急いで作らないといけないんですが、手が足りなくて」
「奥の院だろ」
「はい、神社の裏山を拡張して今作ってます」
「うん、色々うろうろ出来ると楽しいからね」
「頑張ります」
「リアルがますます殺伐としてしまう。困ったもんだ」
「あ、はい」
 
   了
 
 


          2007年4月4日
 

 

 

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