小説 川崎サイト

 

画家になった友人


 島村は順調に仕事をこなし、順調に前へ前へと進んでいる。もうそれぐらいでいいだろうというのもあるが、地位も上がり、貯金も貯まった。元々ケチくさい男なので、節約しており、大きなものも買わなかったのだろう。
 そんなとき下田が現れた。貧乏神だ。昔からの友人なのだが、愛想悪くしていると、そのうち音沙汰がなくなった。うまく消えてくれたように思われたが、違っていた。
 この下田に会うと損をする。金がないので、下村のおごりになる。その程度ならいいのだが、物や金を借りに来る。これは島村も悪い。余裕のあるところを見せるためだ。しかし、損ばかりするので、最近は無愛想につとめていたためか、下田もたかりに来なくなった。
 その島田と大きな繁華街で会った。家まで来てもらってもいいのだが、よく物がなくなる。下田が盗んだものなのかどうかは分からないが、盗むような人間は下田ぐらいしかいない。ただ、安いもので、もういらないような物を選んで盗るようだ。それなりに気を遣っているのだろう。
 しかし、後から出てくることがある。下田が犯人ではなかったのだが、うさんくさい男なので、疑われやすい。
 何年ぶりかでの対面になるが、下田は以前よりも貧乏くさくなっている。既に中年過ぎだが、無精ひげを生やし、髪の毛もぼさぼさ。まともなところで働いていないのだろう。
 近況を聞くと画家になるとか。まだ、なったわけではなく、これからなるらしい。島村の知る限り、絵の趣味など、この下田には微塵もなかった。これで、下田が適当なことを言っているのだと、すぐに看破した。
 ところが大きな風呂敷包みを持っており、それを開くと、額に入った絵が出てきた。
「盗ったの」
「違う。書いた」
「下田君がかい」
「そうだ」
「模写」
「違う」
 その絵は抽象画と具象画の間ぐらいで、イラスト風でもなく、べったりとした油絵。
「そんな特技があったの」
「ああ、知らなかったけど」
「本人も気付かなかった?」
「そうそう」
「それで?」
「絵の具代が」
「それはいいけど、この絵、売れるの」
「ああ、画商の人が買うって」
「あ、そう」
 下田はその価格を言った。島村の給料より桁が一つ多い。
「じゃ、すぐに売れば、絵の具代ぐらい出るだろ」
「書き足す」
「え」
「これじゃまだ満足しないから、もう少し修正したい」
 島村は絵画に詳しくはないが、絵で食べていけるような絵描きなど、殆どいないと思っていた。しかし、欲しいという人が中にはいるのだろう。しかも個人ではなく、画商が欲しがるのだから、それをさらに買う画廊や個人がいることになる。
 島村は絵の具代を貸した。
 島村にもう少し絵を見る力があれば、下田が持ってきた絵はゴミの日に落ちていた中学生が画いたような絵。
 下田にとっては、ちょっとしたトリックで、挨拶代わりのようなもの。そんな絵の具代だけでは貧乏暮らしからは抜け出せない。
 島村は金を貸す気は、もうなかったが、今回は芸をしてきたので、その芸代として払ったようなものだろう。
 次回はどんな手を使って来るのか、楽しみにしている。
 
   了



2016年12月10日

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