小説 川崎サイト



見下ろす神々

川崎ゆきお



 ただの神社ではない。室町時代から続く町の神社だ。
 ただの町ではない。周囲に堀を巡らせた環濠都市だ。
 実際には豪商の町で、町家が建ち並んでいる。農家がないのは周辺の村から買うためだ。
 いずれも昔の話で、今は都市近郊の普通の町となっている。
 町の中心部に古い屋敷が残っているが、もはや町のメインではない。つまり旧市街と言うことになるのだが、周囲数キロの小さな範囲だ。
 堀は既に埋め立てられているが、土手跡が僅かな高さを残している。
 豪商が寄り合って建立した神社だけに敷地も広い。本殿は何度か建て替えられたが、奥殿はかなり古い。
 大きな御神輿ほどの大きさだが、三つ並んでいる。
 本殿は真ん前で参拝出来るが、奥殿は一度本殿の裏に回らないと拝めない。
 しかし、奥殿との間に距離がある。奥殿の前には直接行けない。格子のはまった仕切りがあり、その手前からお参りすることになる。
 別に特別な神様が祭られているわけではないが、この神社の主神らしい。
 本殿は表向きの神様で、奥は氏子である豪商の家系しかお参り出来ないようだ。
 一般参拝者も有力氏子も、直接参れないところに、有り難みと神秘さがある。格子窓越しにしか見ることが出来ないのは、そこまで距離を置いた接し方の演出だ。
 神社は環濠時代の北の端にあり、森と堀を背負っていた。
 しかし今、氏子達は見ないことにしている物がある。奥殿ではない。その後ろだ。
 真後ろは森のように木が茂っている。それではない。その後ろ側だ。
 そこに高層マンションが建ってしまったのだ。バルコニーには洗濯物が干されている。そしてマンション住民は奥殿を見下ろせるのだ。しかも格子越しではなく、生で。
 奥殿にお参りするとマンションが見えるのだ。バルコニーで鉢植え野菜を手入れしている主婦や、パジャマ姿で体操中のお父さん。生あくびの老人。はしゃぐ子供。
 それが見えてしまうのだ。
 氏子達と奥殿の関係が微妙だ。簡単に上から覗けてしまう奥殿では奥ゆかしさがない。
 氏子達はマンションやその住民を拝んでいるわけではない。
 しかし神のように高い位置から見下ろす住民を認めるわけにはいかない。
 だから、見えないこととしているのだ。
 
   了
 
 



          2007年4月5日
 

 

 

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