小説 川崎サイト

 

大晦日の訪問者


「大晦日はどうでした」
「ああ、もう遠い昔のように思えますなあ」
「来ましたか」
「え、何が」
「何かが」
「何か」
「来たでしょ」
「年末、押し迫ったときに銀行口座を作りましてね。そのカードが届くはずなんですが、それはまだ早い。大晦日の二日前でしたからね。来るとすればそれでしょ。まあ、別になくても困りませんが、それと、ネットでも使えるので、ワンタイムキーのような暗号カード。これも来るはずなんですが、一週間はかかるでしょ」
「もう一週間、立っていると思いますよ。大晦日前なら」
「ああ、そうですねえ」
「来ていたんじゃないですか」
「来るとすれば書留です。留守だったのかもしれません。紙切れが入っていたかもしれませんが、外からはよく見えない。郵便受けの中がね。底の方で溜まっているのでしょ。見てみます。この前も、念のために覗いたのですが、そのときは宅配便の紙が入っていましたよ。幸い何度か来たようで、受け取れましたがね」
「そうじゃなく、大晦日の夜、誰か訪ねて来ませんでしたか」
「人ですか?」
「それは分かりませんが」
「宗教の勧誘の御婦人、これはもう高齢の婦人です。良いのを着てました。よそ行きですねえ。二人で来ていました」
「はいはい」
「いつものお誘いだと思ったのですが、そうじゃない。何やら手書きの紙をもらいました。何かから書き写したのでしょうねえ。いつもなら、そういうのが書かれた冊子を置いて帰るのです。これを受け取れば退散してくれますが、今回は違いました。団体が違うのでしょうかねえ。世の中には危険なものが一杯。毎日口にしているものの中にも危ないものが一杯入っている。悪い世の中になったものだと仰っていました」
「それが書かれた手書きの文章ですか」
「メモ帳よりも大きい目ですが、便せんの半分ぐらいの紙切れです。同じものが書かれたコピーではなく、全部違うようでした。相手に合わせて選んでいるのか、どのカードにするのか、選んでいましたよ」
「そのカードには、何と書かれていました」
「見てません。玄関先のテーブルの上に置いたまま。ここは一時置き場です。チラシなどを抜いたとき、まずはここに置きます。たまに手紙とかハガキとかも混ざっていますからね。ここでチェックするのです」
「そのカード、紙切れのようなものは、まだそのままありますか」
「はい、あると思います。玄関を開けたとき、風が入ってきて飛ぶので、上に電話帳を乗せています」
「それは呪文でしょ」
「そうなんですか」
「すぐに確認してください」
「分かりました」
 その翌日。
「これがその紙切れです」
「拝見します」
「ただの聖書の一文でしょ」
「そのようですねえ」
「何か大事なことでも」
「いえ、大晦日の夜に、訪ねて来る、あるものがいるのです」
「あるもの」
「人かどうかは分かりませんが、訪問者です」
「あのう」
「思い出しましたか」
「その御婦人の二人連れ、大晦日の夜ではなく、三十日の昼頃でした」
「あ、そう」
「はい」
「三十一日の遅くに訪ねて来た人とか、見かけた人は?」
「だから、思い出せないので、いなかったのでは」
「あ、そう」
「誰なのです。その人は」
「正月様です」
「はあ」
「まあ、いいです。その御婦人達がそうだったのかもしれません。年齢的には老婦人で合ってますが、しかし二人じゃない」
「正月様って何なのですかな」
「年の神様です」
 この正月様は老婆で、これは近所の人が貧しそうな家を覗きに来る。しかし、玄関からではなく、炊事場などがある勝手口から。何を覗いているのかというと、正月を迎えられる食べ物があるかどうかを。もし餅も用意できていないのなら、持って来てくれる。覗きの婆さんだが、偵察員のようなもの。この婆さんが施してくれるのではなく、裕福な家の婆やが多い。この施しにより、その裕福な家はさらに栄えるという話だ。
 
   了



2017年1月8日

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