小説 川崎サイト



Y字路

川崎ゆきお



 Y字路だ。
 益田はいつも右へ進んでいる。道幅は右の方が狭いが真っすぐ伸びており、自転車で走りやすい。ハンドルはそのままでいいからだ。
 左側は道幅は広いが先が見晴らせない。
 右へ進めばいつもの自転車コースで、見慣れた通りを余裕をもって走れる。この余裕は風景に気を取られることなく、淡々と時間を消化できることが分かっている気持ちの余裕だ。
 だが本当に余裕があれば左側の踏んだことのない通りへタイヤを乗せるべきだろう。
 その夕方、益田は何を考えて走りだしたのかを忘れていた。思い出すほど重要な動機ではなかったのかもしれない。
 だが、Y字路の手前で選択を考える動機がその場で発生した。なぜいつも右側なのかだ。
 自転車で走るのは運動のためだ。どこを走ってもかまわない。だが、右側の方が効率がいい。それはコースとしての効率で、運動が目的ならコースに乗る必要はない。
 今のコースも偶然できたもので、何度か通るうちに決まったに過ぎない。
 初めてこのY字路で選択を迫られた時、左側を選んでいたとすれば、それがいつものコースとなっていたはずだ。
 Y字路で引っ掛かるのは左右の道がよく見えていることだ。そしてハンドルも軽く切るだけで入れる。
 益田は変化が欲しかったのだろう。思い切って左側の道に入り込んだ。
 しばらくは右側の道と平行して走っている。いつもの右側の道から見ていた建物の裏側が見える。
 少し新鮮な気になるが、道幅が狭くなり、行き止まりかと思えるようなブロック塀が正面に来た。
 だが、塞がっておらず、塀沿いに小道が伸びている。決して真っすぐではないので安心はできない。
 いつもの道沿いとはそれほど離れていないはずだが、方角は確実にずれている。
 小道はジグザグ状態のまま住宅地の中を抜けてゆく。意外と人や自転車とすれ違う。それなりに知られた道なのかもしれない。
 やがて大きな農家の横に出る。料理旅館のような門を通過すると古木が聳え、その下に祠がある。
 昔はメジャーな通りだったのかもしれない。文化財保護の指定でも受けそうな大きな農家が数宅ある。
 益田は望んでいた変化を得たことになる。
 そこを通り過ぎると大きな道路に出る。もう道の真ん中を走るわけにはいかない。
 いつものコースと、この道を結び付ける新たな間道を見つけださないといけない。
 益田は新たな仕事を見つけた。
 
   了
 
 


          2007年4月9日
 

 

 

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