小説 川崎サイト

 

赤石の夜参り


「夜中に村に行かないことですね。それだけです」
 老婆はそう言いながら家賃帳を西脇に渡す。まだ青年だ。家賃帳とは家賃の領収証のようなもの。年に一度新しくなる。
 西脇は大きな農家の庭の向こう側にあるアパートに引っ越した。間に業者が入らない昔からのシステムのようで、家賃は現金払い。
 これは老婆の小遣いになるため、現金が好ましいのだろう。それよりも入居に関しての細々とした注意事項などを言われるのではないかと思ったが、夜中に村に行ってはいけないとは、何だろう。妙なところにスポットが当たった。これが一番大事な留意点のようだ。
 そして入居してからしばらく立ち、同年代のアパート住人と挨拶ぐらいはする程度になったとき、あのことを聞いてみた。
「どの村です」
「この村ですよ」
「じゃ、夜中に帰ることがあるので、始終夜中に行っていることになりますよね。行くというより、戻ってくるだけですが」
「この村のことですが、この近くにある神社やお寺なんかがある場所ですよ。昔は村の中心部だったようです」
「そこに夜中、行ってはだめなんですか。しかし、何処にあるのか分からないし」
「大きな木が生えているでしょ。その下です」
「ああ、ありますねえ。しかし、そっちへ行く用事がないので」
「まあ、迷信のようなものですよ」
「何があるのです?」
「僕も気になって、昼間に行ったことがありますが、屋根を重ねたような石塔がありました。それから色々な石が。祠もありますよ。その前は広場のようになっていました。周囲は農家ですが、そのど真ん中、一番奥まった場所です」
「そこに何か、秘密が?」
「祠の中に石がありました」
「石仏のような?」
「三角の石で、それが赤い」
「赤い石」
「そうです」
「それが、この村の臍のようなものですか」
「婆さんが言っていたのは、これだと思いましたよ」
「それで」
「昼間だったので、今度は夜中に行きました」
「赤い石が光っていたとか」
「そんなことはありません。別に何もなかったです」
「そうですねえ。誰でも立ち入れる場所でしょ。何かあったら危険ですしね」
「そうです。だから迷信でしょ」
 西脇は気になるので、昼間ではなく、夜中に行ってみた。
 初めて立ち入る場所だが、地図で確認している。大きな農家に取り囲まれたような一角で、幹だけ残した巨木や、祠が確かにある。
 祠の中の赤石を見ようと、近付こうとしたとき、足音がする。西脇は慌てて、農家の塀に身を隠し、そっと広場を見ると、数人の人影。
 そして赤石のある祠前にゴザを敷き、そこに座って拝んでいる。
 その中の一人は、家主の老婆。そして、アパートの住人もいる。都合十人ほど。後ろの方はゴザが足りないのか、地べたで座っている。
 西脇は見なかったことにし、その場を離れた。
 この講のようなものは、家主の一家がリーダーらしく、当主が亡くなったので、あの老婆が引き継いでいる。
 夜中に赤石さんを拝むだけの講で、それだけのようだ。
 そして、その勧誘方法は、「夜中、村へ行ってはいけない」らしい。これで興味を示した人だけが対象になる。聞き流した人は、最初から興味がないため、無視。
 西脇は三度ほど覗きに行き、四度目に、その座に加わった。
 お参りのときは、祠の格子を開け、赤石がよく見えるようにする。そしてじっと見ていると、赤い石が光り出すらしいが、西脇はそこまで、まだ見えない。
 これを赤石の夜参りと言うらしい。
 
   了


2017年1月27日

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