小説 川崎サイト

 

深夜の怪事


 イラストレーターの山崎は夜中に仕事をしている。古びたアパートだが、取り壊されるまでいるつもりだ。家賃の高いところには越せない事情もある。既に中年に差し掛かっており、行く末はもう見えている。個人事業主としてやるには、不安が多い。といって転職を考えないで、万が一にかける。つまり売れっ子イラストレーターになる可能性に。そういうものを抱いている間は元気で、張りもある。
 それよりも、夜な夜な何かが出ることで、このアパートから離れられない。怖いので離れた方がいいのだが、楽しんでいるようだ。
 その怪事は普通には体験できない。どんな娯楽映画を見るよりも、生の3Dの臨場感には叶わない。
 先々のこともあるが、それよりも、夜な夜な起こる怪事に興味がいく。
 木造モルタル塗りで、ガタが来ているためか、家鳴りが激しい。これは心霊現象のラップとは少し違うようで、お馴染みの家鳴りなので、それは気にしていないのだが、たまにリズムが加わることがある。このとき、何かが近付いて来ているか、または何かが出ているのだ。たまに姿を見ることもある。それは紫色のモヤのようなもので、最初は目の錯覚ではないかと思った。明るい外から部屋に戻ってきたとき、誰かが煙草を吸ったあとのように、煙たいような色に見える。匂いはない。靄と言うほど濃くはなく、何かを燃やしたすぐあとのような。だから、これには形がない。空気が濁っている程度。
 エアコンがあるので、それで換気するが、消えない。これは目の錯覚だろう。
 作業机は窓際にあり、椅子のすぐ右は窓。いつでも外を見られるような配置だ。アパートの横に小径が見えるのだが、そこに犬ほどの大きさのものがよく歩いている。夜中に限られるが。
 猫にしては小さいので、中型犬だろう。しかし、そんな放し飼いの犬など近所にはいないし、そんなこともできないだろう。その犬に似た塊は確かに四つ足で歩いている。スピードは遅い。しかしよく見ると、立体感がない。黒い塊で、四つ足だが、これは穴が空いているのではないかと思うようになる。つまり、そこだけ風景が破れている。現実が破れており、地肌が出ているような。この発想は絵描きのものだろう。
 また、真下を見るとアパートの庭があるのだが、そこに伸び放題の庭木が数本ある。その枝に妙な鳥も止まっている。この鳥は動かない。飛んでいるところを見たこともない。しかし、ふっと窓から見ると、止まっているのだ。これも現実に穴が空いたように。これでは生の3Dではなく2Dだ。
 穴なら角度を変えて見れば分かるのだが、庭まで降りて木の枝を見上げても、そんな鳥はいない。
 山崎は安い稿料の仕事を根気よくやっている。数をこなしていくらの仕事だ。そのため退屈なので、この夜中の怪事を楽しんでいるようだ。
 
   了

 



2017年1月28日

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