小説 川崎サイト

 

大顔


 その時期の心情が、他のことでの対応とかに出ることがある。この時期というのは、人生規模の時期もあるが、朝夕の差もある。しかし、朝の心情とはあまり言わないのは、朝にどんな気持ちでいるかなど、大した問題ではないため。
 寝起き、機嫌の悪い人は、それは心の問題ではない。なぜなら問題にするような心ではないため。
 宵の口ありから機嫌の良い人もいる。これも心情の変化とか、あの頃の心情とは言わない。あの頃とは、もう少し昔の、ある時期だろう。しかし、朝頃とは言う。ある時間を示しているだけで、あまり心情的な含みはない。
 竹田は朝、起きたときから喉の調子が悪く、風邪っぽいので、今日はゆっくりと昼寝でもして過ごしたいと思っていた。体力温存だ。咳やくしゃみ、鼻水まで出てきたので、本格的な風邪。風邪を治す薬はないので、寝て治すしかない。そのためには安静が必要。昼寝なら安静そのものだろう。
 竹田は家で内職のようなことで生計を立てている。内職なので本職ではない。本職の仕事がなくなったので、別の仕事をしている。昔の傘張り浪人のようなわけにはいかないが、自宅でできる簡単な仕事を引き受けた。時間はかかるが、多少は収入になる。
 そのため、時間に融通が利くので、昼寝もできる。
 その日は温かい味噌汁の中に卵を入れ、ポパイのように強くなるようホウレン草も入れた。そして力が付くよう、餅も入れた。風邪だが食欲はある。ただ腹具合はあまりよくない。
 それを食べると満腹になり、いい案配で昼寝を始めることができた。
 うとうとっ……としかけたとき、電話。
 昼寝はたまにするが、電話で起こされると機嫌が悪い。要するに心情を害する電話だ。これは相手が誰であろうと、寝かかったときに起こされたことで腹が立つ。これを果たして心情というレベルだろうか。ただの反応のようなものだろう。しかし、感情が走った。
 その電話が良い話なら、その心情も変わるだろう。機嫌も良くなる。良い話だけに目が冴え、昼寝などできないかもしれない。
 ところが、かかってきた電話の第一声が「山岡さんですか」だった。間違い電話なのだ。「違います竹田です」と答えると、さっと切れた。
 竹田はすぐにベッドに戻り、昼寝の続きを始めたのだが、またもや邪魔が入った。今度はチャイムだ。インターフォンではないので、出ないといけない。滅多に訪問客などいないので、セールスかもしれない。
 幸い普段着のまま、まる寝していたので、すぐにドアの前で「どなたですか」と聞く。
 しかし、反応がない。誰でも入って来られる古びたマンションだが、子供が悪戯でチャイムを鳴らすようなことは、考えられない。竹田の部屋は通路の突き当たり、結構長い通路なので、今、開ければ、後ろ姿ぐらいは見えるだろう。
 そして、パッと開けると、大顔。
 ドア一杯の顔がそこにあった。顔の大きな人はいるが程度が違う。
 あ、これは夢を見ているのだ。電話で起こされたあと、しっかりと寝たのだろう。そうでないと、この大顔の説明ができない。
「失礼しました。間違いです」大顔が頭を下げた。ある意味竹田は安心した。なぜなら、この頭の大きさでは入って来れないためだ。
 目を覚ますと夕方前。西日が赤く窓を照らしている。
 そして、竹田の寝起きの心情は良い。風邪が抜けたのかもしれない。少し楽になっていた。
 
   了

   

 

 


2017年2月1日

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