小説 川崎サイト

 

竹井戻り橋


 竹井の戻り橋がある。どこかへ行き、戻るときの道に架かる橋らしいが、ではそこへ行くときは、どこを通るのだろう。戻り橋の向こう側にはお寺がある程度で、山門前に土産物屋があり、そこに住んでいる人もいる。昔なら里に出て、山に戻るときの橋になるが、里へ行くときも、同じ道なので、戻り専用ではない。
 しかし、これはお寺の坊さんが還俗し、世俗に戻るとき用の名前らしい。この寺は結構大きく、僧侶が何人も住んでいたようだ。規模は小さく総本山ではないが、学校のようなもので、その分校程度。修行するための寺で、入山し、坊さんになる。
 戻り橋は何らかの事情で坊さんをやめた人が渡る橋らしいが、それはあとから付けた話で、実はお寺とは関係しない。
 この橋はかなり古く、何度も架け替えられている。山際にあり、川は渓谷のように深い。里から山に入るとき、この橋を渡る。橋を渡らなくても山には入れるが、そこは切り立っており、岩登り状態になるため、川の向こう側の斜面から山に入ったのだろう。こちらはなだらか。
寺がそこに建つ前から、山道は境内を貫通し、奥の院のある裏山へと続いており、その先は里山から抜け、本格的な山。
 戻り橋とは、山仕事や狩に出た人たちが戻ってくるときの橋。昔の山は異界のようなもので、人が住む場所ではない。だから魔境のようなところから人里へと戻るときに架かっている橋。
 この橋は里のはずれにあり、山が始まるところ。まだ里山だが、そこからがお山ということだろう。
 丸太を渡しただけから、石橋になり、煉瓦橋になり、今は拡張され、普通の鉄橋で、橋のこちら側もあちら側も家が建ち並んでいる。ただ、山が迫っている橋の手前側は、以前のまま切り立った崖なので、昔のまま。ここに山道を通せなかったので、川の向こう側から山入りしたのだが、もうそんなことを知っている人はほとんどいない。
 戻り橋が還俗橋なってしまったのだが、お寺ができてからの話だが、そちらの方が残った。
 
   了

   

 


2017年2月2日

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