小説 川崎サイト

 

難事


 一難去ってまた一難。難続きだ。難が続く。そうなると難が日常化し、普通になったりするのだが、その場合、一つの難が続いているだけで、別の一難ではない。三難も四難も重なった状態では、その一難にもレベルがあり、軽い目の難や重い目の難になる。そのため、軽い目の難は大したことはなかったりする。難なく過ごしているときは小さな難でも重く感じたりするものだ。
 また、難なく過ごしているときは、難が無いのが日常なので、無難という。そして一難が来ても、次の難が来るまで少し間がある。もう忘れていた頃に来たりするが、何が来るのかは分からない。
 難事は続くこともあるが、普段なら難事だとは思わないことでも、難事にしてしまうことがある。また邪魔臭いことになったとか。その内容は大したことはなくても、普段とは違うアクションになると、気持ちが難儀だ。
 また持病のように慢性化した難事もある。かなりの期間背負い込まないといけないような。これも慣れてくると、慣れた症状として、それほど大層に思わなくなるかもしれない。慣れることで何とかなる。
 一難去ってまた一難も、難ばかり注目して見ている場合に起こりやすい。そのため、実際には難事ではなかったりする。
 また難事が多い人は、難事が続き、さらに重なっていても、麻痺したわけではないが、それで普通だとは思わないものの、淡々粛々とこなすこともある。取り乱しても騒いでも仕方がないと、諦めたのだろう。
 なぜ、そんな難事が身に、と、そこから考えると大層になる。物語を作ってしまうためだ。
 そして過ぎ去った難事を思い出すと、妙に懐かしく、そして、その頃の方が生き生きとしていたように思うこともある。
 
   了


 


2017年2月5日

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