小説 川崎サイト

 

一杯の大金


 桜の花も咲こうとする頃、佐久間は真冬の底にいた。長く冬の時代を過ごしているのだが、普通の冬ではない。もっと寒い真冬だ。
 佐久間の冬の時代は後世話題になるようなことではない。単に暗く、寒々とした日々を過ごしているだけ。これが数年続いていることから、いつの間にか例年通り、平年通りとなっている。
 友人の竹下は氷河期と呼んでいる。付き合って長いが、今回の氷河期も長いようだ。しかし、たまに訪ね、様子を見に行く。それは半ば好奇心で、思いやりなど微塵もないが、それは助けてやることができないためだろう。励ますだけでは解決しない問題だ。
 ところが今回訪ねたとき、様子が違っていた。歯が見える。笑っているのだ。これは狂ったなと勘違いしたほど。
 話を聞くと大金が舞い込んだらしい。何処から、と聞いてもこたえない。遺産でも入ったのではないかと想像したが、佐久間にそんな縁者はいない。さらに問いただすと、拾ったらしい。これは盗んだのではないかと思うような幼稚な答えだ。それに盗むほどの元気は佐久間にはないはず。ずっと冬眠しているようなもので、外に出るにしても買い物程度で、しかも近所だろう。
 拾ったとすれば、その道沿いしかない。何処で拾ったのかと聞くと神社の裏だという。安っぽい鞄にびっしりと札束が入っていたらしい。
 それは届けるべきだと竹下は言おうとしたが、それではおいしくない。竹下は冬の時代はやっていないが、生活費が困るほど苦しい。黙ってやる代わりに少し分けてくれと言いたいところだ。
 そして竹下はもう少し読んだ。自分なら黙っていると。
 竹下はその札束を見せてくれないかと頼んだ。
 佐久間は少し考えた後、押し入れから鞄を持ってきた。その鞄、佐久間のものではないことは確か。彼はそんな鞄を買わないだろう。黒い手提げ鞄で、底が広い。彼は手提げが嫌いで、肩掛けの鞄しか持っていない。その黒い鞄を見て、竹下はリアルなものを感じた。
 これですべてが解決した。もう冬の時代は去ったと言わんばかりに、佐久間は高笑いした。
 中を見せてくれと竹下は頼むが、佐久間は首を振る。これは竹下の失敗だ。佐久間の目は笑っていない。しかし、元々そういう目なので、これは読めない。
 警察へ届けるべきだと、竹下は力説した。
 佐久間の答えは、これは悪い金で、届けても持ち主は現れないだろうという。だから一年待って自分のものにするのも、今自分のものにするのも同じだと。
 これ以上佐久間の機嫌を損ねることを言えば、口止め料云々もなくなると思い、大金を得てよかったねえ、程度に抑えた。これで佐久間が立ち直れば、それでいいと。
 佐久間の目は三日月のようになった。
 そして立ち上がり、ドアまでゆっくりと歩いた。そして、ゆっくりとドアノブを回す。かなり間を取ったのだが、後ろから声はかからなかった。
 その後、佐久間に変化はない。相変わらずの暗い暮らしぶりを続けている。
 一杯食わされたのではないかと、竹下はすぐに気付いたのだが、そんなことができるようになったのだから、佐久間も冬の時代から出かかっているのだろう。
 
   了

 
 
 


2017年2月23日

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