小説 川崎サイト



ありがとね

川崎ゆきお



「ありがとうございました。でしょ?」
「ありがとね。なんだよ」
「それは機械じゃないね」
「でしょ」
「最近見かけないけど」
「そうだね。どうせ機械なんだから」
「でも、ありがとね……と聞こえるわけ」
「声が残ってるのかもしれない」
「君の中で、でしょ」
「そうだと思う」
「他の人にはそう聞こえないかもしれない。カチャとかボンとか」
「その音は聞こえるんだ。それとは別にだ」
「機械の挨拶はあったの」
「なかったと思う。よく覚えていないけど。何度か入れ替えているし」
「残滓に近いかもね」
「残滓?」
「カスが残ってるんだよ。君の耳の中に」
「耳クソなのか」
「うん、そんな感じだ」
「最近怖くて、あの自販機使いたくないけど、一番近い場所にあるから。それにこのタバコ、あまり自販機に入っていないんだ。あのお婆さんの店は僕が買うのを見込んで置いているんだ。シャッターが閉まってからかなりたつけど、自販機は店の外だから」
「手渡しで買っていたころの声でしょ?」
「ありがとね……だった。あれはお婆さんの声だ」
「夜は閉まっていたでしょ?」
「その時は自販機で買ってたなあ」
「で、声は?」
「聞こえなかった」
「で、今は聞こえる」
「うん」
「昼間でも?」
「そうだ」
「お婆さんがシャッターの後ろから礼を言ってたりして」
「それに近いことはあったなあ。店の横に門があって、そこがお婆さんの家なんだ。店を閉めてから、たまに見かける。僕が自販機で買っていると、ありがとねと声をかけてくれた」
「お婆さんは一人暮らし?」
「だと思う」
「今も自販機は動いているんだから、持ち主がいるわけだ。タバコを詰め込んだり、釣銭を足したりとか」
「その姿、何度か見たことがある。でも声が聞こえるようになってからは一度も見ていない」
「だけど自販機は稼働している」
「ああ」
「聞けば分かることだよ。近所の人に」
「そうだけど、あの声のことは聞けないなあ」
「ありがとね……か」
 
   了
 
 
 



          2007年4月14日
 

 

 

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