小説 川崎サイト

 

卒業式


 吉田は卒業式の夢をよく見る。もう何十年も前の卒業式だ。式の夢ではなく、式に行かなかった夢。だから、卒業式の絵はない。想像はできるが、夢の中には出てこない。
 それは学校の卒業式なのだが、小さな専門学校。二年で終了で、吉田が行ったのは二年の中頃まで、夏休み後、秋が深まる頃に行かなくなった。卒業する見込みがなかったためだ。それは一年の終わりには分かっていた。成績が悪く、進級できなかったのだが、補習を受けることで上がれた。仮進級だ。だから同級生と一緒に過ごせた。これは学校側としては授業料が欲しかったのだろうか。落第もあり、もう一年やり直すこともできたが、その前例はなかったようだ。辞めているのだ。
 夢の中では卒業式が近付く頃、休むようになる。みんなと一緒に卒業式には出られないためだ。
 吉田はその二年間、遊んで暮らしていた。授業には出ていたし、テストも受けたが、レポートや、課題を出していたのは一年の初め頃まで。だから、居場所が欲しかったのだろう。また学校へ行っているという名分が。
 そして夢の中での卒業式は映像がないのだが、現実とは違い毎日学校へ行っている。同級生の誰もが吉田も卒業すると思っている。夢の中では卒業式がいつなのかを知らない。
 小さな学校なので、三十人ほどの卒業式だろうか。そのとき初めて吉田が来ていないことが分かる。そして卒業できなかったことも。
 夢はそこでは終わらない。吉田はまた願書を出し、一年からやり直す。不思議と入学試験にはパスする。当然また入学金や、余計な教材を買わされる。そしてまた前回と同じパターになる。
 夢ではさらに、また入学する。そのときはもう結構な年になっている。
 この夢を吉田は定期的に見る。数年に一度だろうか。皆からはぐれてしまった自分がそこにいる。
 そして夢ではなく、現実はどうなったのかだ。当然また入学し直すようなことはなかったが、同級生の誰とも相見えることもなかったようだ。その専門学校の就職先と、吉田の仕事とがかけ離れているためだろう。また、特に親しい友人がいなかったことも理由だろうか。
 その後、吉田は専門は違うが、専門学校の講師をしばらくしていた。そのとき、吉田のような学生がいた。これは直感で分かった。去り際をどうするのだろうかと、余計な心配をしたものだ。
 そして、その学校での卒業式で講師の席から卒業生を見ていたのだが、あの学生の姿はやはりなかった。
 
   了


2017年3月15日

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