小説 川崎サイト

 

寒桜

 
 寒桜が咲く頃、上田は春を感じる。寒桜は名の通り、まだ寒い頃に咲く。早咲きの桜なのだが、それよりもまだ早い時期に咲く桜もある。これは咲いていても桜だとは気付かないだろう。その頃は梅も咲いているので、見間違えたりする。一本だけだと白っぽい梅と混ざってしまう。
 上田が寒桜を知ったのはこの春先から。それまでもその木や花は見ていたのだが梅桜だと勝手に名前を付けていた。上田だけに分かる呼び方だ。梅のような桜という意味。しかし、どちらかといえば桜に近い。しかし桜だとは断定しにくい。それはまだ寒いため。だから梅なら納得がいくが、花びらや幹の形が違うし、それに大きい。そのため桜のような梅、梅のような桜に見えるので梅桜。
 梅では上田はまだ春を感じない。目は感じても体が拒否する。寒いからだ。しかし、そろそろ梅も終わり、ほんの少し暖かくなってきた頃、この梅桜こと寒桜が咲く。春先だと受け入れてもいい時期だ。
 そして寒桜という名を知ったのは何でもないことだ。単に幹を見ただけ。そこに書かれていた。これはいつできたのかは分からない。ずっとその名札はあったのかもしれない。上田が見ていないだけで。
 その理由は、普段からそんな木は視界に入っていてもしっかりとは見ていない。木がある程度。花が咲いてやっと注目する。いつもと違う変化があるからだ。人は変化したものだけを見ているのかもしれない。
 ただ、見ているときでも花を見ており、根本近くの幹など見ていない。名札、これは花札だろうか。それはそこにあったのだ。
 そして寒桜という文字を見てやっと納得できた。寒くても咲いている桜だと。
 これを知ってからは安心して春を感じることができるようになった。普通のソメイヨシノが咲く頃は、もう初春がだれきっているので、春が来たという意識は落ちるようだ。
 
   了

 


2017年3月24日

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