小説 川崎サイト

 

物の怪の基本

 
「人形の話ですが」
「人形」
「はい」
 妖怪博士付きの編集者が、魂の入った人形について話し出した。職人が魂を込めて作った人形ではなく、機械的に型抜きされた人形だ。その髪の毛が伸びたり、見る日により、表情が違っていたりするらしい。ときには置いた場所とは違う場所にあったりとか。
 妖怪博士はその例はよく知っているので、適当に答えておいた。
「よくある話なのですか」
「そうじゃ」
「移動するのですよ」
「置き忘れたのだろう」
「表情が変わるとか」
「光線具合だろ」
「髪の毛が伸びるとか」
「たとえば、ショートカットの髪が腰まで伸びたかね。伸びるのなら、そこまで伸びるはず」
「はい。じゃ、人形に何かの魂が入るとか、何かが乗り移っているとか、またはその人形自身の魂が」
「人形に限らず万物にはそういうことが起こっているように思える。あらゆるものにな。石でも茶碗でも、畳でも。襖でも」
「はあ、それは」
「特に人形に注目しておるだけで、他のものも、その気になってみると、似たようなもの」
「それは何でしょう」
「神は万物に宿る」
「それは神でしょ」
「それを妖怪とか、何かの魂とか、それと置き換えればよろしい」
「しかし、鉛筆にも宿りますかね」
「形あるものには宿りやすく、見えやすい」
「じゃ、鉛筆がどのような変化を」
「ある鉛筆だけを使っていて、以前の鉛筆を放置していたとしよう」
「はい」
「たまにその鉛筆を持ったとき、少し妙な気がする。久しぶりなので、そんなものだが。その鉛筆で絵を書くと、何かが乗り移ったかのように、スラスラと書ける」
「それは」
「その鉛筆に何か入っておるように感じるのじゃ」
「あらゆるものにですか」
「そうじゃな。ただし」
「ただし、何ですか」
「人がいないと成立せん」
「人」
「人と、それとの関係で現れるからじゃ」
「はあ」
「だから、鉛筆だけが野原に落ちていても、怪は起こらない。それを誰かが見付けたときに起こる」
「じゃ、怪は人が起こしていると」
「そうじゃな。人形の髪の毛は本当に伸びたのかもしれない。しかし、観察者がいての話だ」
「それ、基本ですねえ」
「何の」
「物の怪の」
「そうじゃな、妖怪発生の基本」
「じゃ、もの凄く基本的な話なのですね」
「だから、人形にだけに注目せず、他のものでも、そんなことが起こっておるから、注意深く見ることじゃ。特にずっと使ってきた道具類や、衣服もそうじゃな。家具もそうじゃ。その物はその物単体で存在しているわけではない」
「観察者が関与していると」
「だから、同じ人形でも、どの人形もこの世に二つとない。人形と、その持ち主などとの関係で成立する世界があるのじゃ」
「はい」
「また、それを場所まで広げることができるが、今日はここまでじゃ」
「今日は博士らしかったです」
「そ、そうか」
 
   了

 


2017年3月26日

小説 川崎サイト