小説 川崎サイト

 

カーテンの陰から

 
「カーテンの向こうに男がいます。怖いおじさんです」
 カーテンの向こうはバルコニー。そこはマンションの四階。
「知っている人ですか」
「知りません」
「何処にいるのです」
「そのカーテンの裏側です」
 カーテンはガラス戸のもの。
「ガラス戸の向こう側にいるのですか」
「いえ、ガラス戸とカーテンの間です」
 今はカーテンは閉めている。そのため、人がその隙間にいれば、膨らむので分かるはず。
「どの状態のとき、いるのですか」
「カーテンを開けているときです」
 牧田はカーテを開けると、端に膨らみが出来る。
「この膨らみの中にいるのですか」
「そうです」
 牧田はそこに入ってみた。
「どうですか。こんな感じですか」
 そのカーテンは二重になっており、生地の分厚いタイプとレースの薄いタイプが重なっている。つまりレールも二本ある。牧田は全部開けている。
「見えません」
「あ、そう。光線の具合かな。じゃ、何処に立てば見えますか」
「少しだけ体を出してください」
 牧田はカーテンから室内をのぞき込むように、顔だけ出す。しかし、ここも室内なのだ。
「はい、そんな感じです」
「その人がたまに出るのですね」
 と、言いながら、牧田はカーテンから出てくる。何か子供の頃のかくれんぼうのようなものだ。
「ご家族では?」
「そんなおじさんはいませんが」
「息子さんと二人暮らしでしたね」
「はい、息子は昼間、外に出ています。私が留守番をしているときに出ます」
「息子さんと見間違えたのではありませんか」
 これなら、その息子の行動が怖すぎる。
「いいえ、顔が違います」
「じゃ、息子さんがいるときには出ない」
「はい、出ません」
「そのおじさんですが、心当たりは」
「ありませんが、怖いおじさんです」
「なぜ、怖いと思われます」
「さあ」
「知っている人かもしれませんねえ」
「その怖いおじさんが、じっとこちらを見ているのです。部屋の様子などを窺っているのです。そのうち飛び出してきそうで」
「そのおじさん、何を窺っているのでしょうねえ」
「分かりませんが、ずっと怖い顔で覗いています」
「いつ頃からです」
「ずっと昔から、そんな気がしていたのですが、最近見えるようになりました」
「ずっとここで暮らされていたわけじゃないでしょ。新しいマンションのようですし」
「はい、この近くに住んでいました。古い家です」
「その頃からも出ていました?」
「気配はしていました」
「いつ頃から、その家に」
「結婚したときからです」
「その前は」
「田舎にある実家です」
「怖いおじさんはそのときはどうですか」
「いました」
「ほう」
「ついてきているのです。ずっと」
「そのときもカーテンから窺っていましたか」
「襖の隙間から覗いていました」
「小さい頃からですか」
「そうです」
「その怖いおじさんから何かされましたか」
「何も」
「ずっと窺っているだけですか。それ以上のアクションはないのですか」
「ありません」
「じゃ、大丈夫でしょ」
「でも」
「そのおじさんは怖い人ですが、あなたを見守っているのかもしれませんよ」
「え」
「草葉の陰から……のようにね」
「はあ」
「残念ながらこのあたりは草場がないので、カーテンの陰から見ているのでしょう」
 
   了


 


2017年4月5日

小説 川崎サイト