小説 川崎サイト

 

雨の日

 
「雨の日は休んだ方がいいですねえ」
「そうなんですか」
「元気が出ません」
「ああ、低気圧で」
「鬱陶しくなります」
「空も気分もですね」
「そうです。だから雨の日は無為に過ごした方がいい」
「え」
「だから、無為に」
「じゃ、いつもと同じですね」
「いつもは有意です」
「そうでしたか」
「まあ、人から見れば無為に過ごしているように見られがちですが、実は結構大事なことをやっているのです」
「たとえば」
「上下水道代を払いに行くとか」
「銀行落としじゃないのですか」
「それだけ、まだなのです。ギリギリに払いに行きます。それ以上遅れると督促状が来ます。さすがに水道は止まりませんがね。これが来るのがいやだ」
「それが有意なこと。大事なこと」
「そうです。決心が必要です。払いに行くぞってね」
「コンビニでしょ。それならついでに払えば」
「いや、近所のコンビニで払うのはいやなのです。住所や名前が分かってしまいますしね。それに私名義ではなく、爺さんの代からの名義でしてねえ。そういうのをコンビニの店員に見られるのが」
「見ていないと思いますよ。結構忙しそうですし」
「しかし、いやなので、だから普段行かないコンビニへ行きます。ここはそういうコンビニ払いのときに残しています」
「パンなどを買ったついでに払えばいいのに」
「パンと水道代とではものが違います。ここは分けて考えないと。本来なら水道局へ払いに行くべきこと。用件が全く違う」
「はいはい」
「そろそろ払わないといけなくなっているのですが、この雨ではその決心がつきません」
「鞄の中に入れておけば」
「いや、見るのもいやです。あの請求書のはがきを。だからめくっていませんので、いくらなのかも知らない。しかし、基本料金まででしょ。大した額じゃない。金がないわけじゃないですよ」
「はいはい」
「そろそろ気合いを入れて、そのはがきを持って払いに行く時期なのですが、あいにくの雨、この雨で気合いがなくなりました。雨の日はやりたくないし、やる気力が失せます。雨の日は何もしないで、じっとしているのがよろしい。下手に動いてもろくなことにならない。だから雨の日は休むことにしています」
「昔なら、雨の日は野良に出ないで、書を読むとかですね」
「書ねえ」
「そうです」
「そういえば本も最近読んでおりませんなあ。それなりに気合いが必要ですからね。元気があるときにしか本は読みません。目の筋肉が違います」
「じゃ、何をされているのですか」
「何をしようかと考えているうちに一日が終わってしまいますが、まあ、部屋でゴロゴロしているようなものです」
「ゴロゴロ」
「このゴロゴロも、結構難しいのですよ。元気がないので、それに併せて、優しいことをします。退屈しない程度の刺激が少しだけあるようなね。まあ、雨音を聞いているだけでもよろしいんですが。寝転び続けるのも、結構苦痛ですよ。だからゴロゴロしたり、動物園の熊のように、家の中を用もないのにうろうろしてみたり」
「はい、分かりました」
「用もないのに冷蔵庫を開けてみたりとか」
「はい、もう結構です」
「そうですか。じゃ、このへんでお邪魔します。いい暇つぶしができました」
「そうですか」
「また、お邪魔します」
「もういいです」
 
   了

 


2017年4月15日

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