小説 川崎サイト

 

羅刹と黒い影

 
「ここに古い怪談があるのだが」
 妖怪博士は昔の絵を見せる。
 博士付きの編集者はそれを見る。鬼だ。
「何ですか、この妖怪は」
「これは鬼だ」
「見れば分かりますが」
「羅刹とも呼ばれておる」
「人を食べるのですね」
「そんなものがうろうろしておれば、人類全員喰い殺されておるだろう」
「ゾンビが人類を滅ぼすような」
「だから、少し様子が違う」
「はい」
「羅刹は一瞬にして全てを食べきる」
「はい」
「全てだ」
「それが何か」
「胃袋が大きすぎるし、また骨まで噛み砕くのだから、吸血鬼やゾンビを越えておる」
「ですから、それはお話しでしょ。地獄の鬼のように」
「歯が丈夫でないと骨を砕いて喉へは送れん。骨が喉や食道に引っかかれば大変じゃ」
「猫なんて平気ですよ」
「そうじゃな。しかし、一夜にしてあとかたもなく一人の人間を片付けるのは大変」
「どんな話ですか」
「この羅刹は死んだ人しか喰わん。だから死人が出たときに現れる」
「鬼にも色々と種類があるのですね」
「絵ではこのように鬼が人を食べておるところが描かれているが、実際には影のようだなあ」
「影」
「モヤッとした黒い影のようなものが死体を飲み込んでいく。それなら歯の心配や、喉に骨が刺さる問題や、胃袋の問題は解決する」
「しかし、影でしょ。2Dの平べったいものでしょ。余計に無理でしょ」
「だから、その影とはブラックホールのようなものだろう。穴が空いているのじゃ」
「それが羅刹の正体ですか」
「それを見た昔の僧侶が記録しておる」
「じゃ、鬼の絵は何ですか」
「分かりやすいように、人型の鬼の姿で画いたのだろう」
「じゃ、死体があれば、ブラックボックスから」
「それなら、死体のあるところブラックボックスだらけになり、町も村も穴だらけになるだろ」
「そうですねえ」
「羅刹は毘沙門天の眷族らしいが、それは後付けだろう。そういうところに収まっているがな」
「やはり地獄の鬼でしょ」
「全部食べてしまうというところがミソでな。持っていくことになる。あっちへ」
「どっちへ」
「だから、その行き先が問題で、羅刹に相当するものの仕業だが、その目的は想像の域を出ない」
「博士はどのように想像されていますか」
「あっちの世界にも、妙な奴がいるのじゃ」
「妙な」
「趣味性の高い」
「生前悪いことをしたので、地獄の鬼に喰われるのではないのですか。釜揚げとか、唐揚げにして」
「いや、単に死体であればいいようだ。だからこれは悪い趣味というか、嗜好に属する。ただ、舌とか喉越しとか歯応えとかは関係がなくなるので、これもまた違う」
「本当は食べないわけですからねえ」
「そうじゃ」
「じゃ、どんな嗜好なのでしょう」
「向こうの世界にも、変わり者がいるんだろ」
「はあ」
「別の書によると、これは村の慣わしらしく、人が死ぬと、丸一日、村人全員、村から出るらしい」
「村人全員で弔うのじゃないのですね」
「全員いなくなったところで、羅刹が現れ、始末してくれるということじゃな」
「死亡診断書とか、火葬許可書とか、埋葬許可書とかがいらなかった時代ですね」
「山に捨てても骨ぐらいは残る。しかし、羅刹だと骨まで持っていく」
「はあ」
「じゃ、その村は、火葬も土葬も風葬ももないわけですね」
「そうらしい」
「いつの時代の話ですか」
「書かれたのは江戸時代。それがあった時代はさらに古い」
「作り話でしょ」
「そうなんじゃが、影が死体を持って行くという話は、有り得ん話だとしても、何かの喩えと考えれば、色々と想像できる」
「はい」
「ここから先は意味の世界で、具体性はない。その黒い影が意味しているものと互換性のあることがあったのかもしれん」
「よく分からない話ですねえ」
「だから、いいのじゃ」
「はい」
 
   了

 


2017年4月22日

小説 川崎サイト