小説 川崎サイト

 

六枚の十円玉

 
 吉田は二日ほど休めると思っていたのだが、仕事が入ってきた。大した用件ではないが、せっかくの休みが消えてしまう。二日あるので翌日は休めるのだが、二日目は疲労回復のため、クッションの役割をしている。仕事で体力は使わないが、遊びに出た場合、ウロウロするため、普段歩いていないこともあって疲れる。
 仕事の電話が入ってきたのは駅までの道を歩いていたとき。急用らしく、今日中に頼みたいとのこと。
 非常に簡単な仕事なので、すぐにでもできるのだが、夕方に来て欲しいとか。今は昼前。まだまだ時間はあるが、夕方までに戻ってこないといけない。場所は同じ駅前。その用事を片付けてから遊びに行けば段取りとしてはいいのだが、そうはいかない。
 電話を切ると、もう駅は目の前。しかし、電車に乗って出掛ける気が失せた。ゆっくりできそうにないためだ。
 そしてここで出掛けないとなると、もう行楽は無理だ。明日は休みだが、その翌日からきつい仕事が待っている。朝も早い。だから体力温存のため、使えない。
 吉田はとりあえず出てしまっただけで、何処へ行くのかを決めていなかった。夜までに戻ってこられる場所なら何処でもいい。何処へ行こうかと考えながら駅へ向かっているとき、電話がかかってきたことになる。
 これがしっかりとした目的地があれば、断ることもできた。しかし、行く場所も決めていないので、説得力がない。やめてもかまわないのだ。それで、引き受けてしまう。
 駅のホームが見える。電車が入ってきて、さっと発車した。停車時間が非常に短い。客が少ないのだろう。または遅れていたのかもしれない。
 今からならそう遠くにまで行かなければ夕方までには、この駅に戻ってこれる。しかし、行き先が決まっていない。あの電話さえなければ思い付いたかもしれない。いろいろと行き先を考えながら歩いていたのだから。
 そこで思い浮かばなければ、構内にあるスナックで軽くオムライスでも食べながら、決めることにしていた。さらにそこでも決まらなければ、十円玉を六枚だし、それを振って表が出た数で降りる駅を決める。表が三つなら、次に来る電車に乗り、三つ目の駅で降りる。この駅は各駅停車しか止まらないので、それほど遠くまで行かないだろう。もし特急でも走っておれば、三番目に止まる駅は終点を越えてしまう。これはこれでやり方があり、そのときは乗り換えたり、またはもう鉄道がない場合は、バスに乗り、残りの数を満たすことにしている。そんなことは実際には起こらないのだが、行き先に迷い、決まらないとき、何度かこの方法を使っている。予定にない駅に降りることになるが、これは与えらたスケジュールだと思い、何度かこなした。これは決して悪くはない。
 しかし、夕方までに戻ってこないといけないので事情が違う。そんな気になれない。
 出掛けないとすると、また部屋に戻ることになる。夕方まで時間がありすぎる。それにもう駅に着いている。出掛けた方が時間が潰せる。
 吉田はカードで改札を潜り、とりあえず構内のスナックに入る。そしてオムライスを注文。このオムライスは冷凍食品なのだが、結構美味しい。カラッとしている。食べながら十円玉を六枚出そうとしたが、四枚しかなかったので、一円玉を加える。表か裏が分かれば何でもいいのだ。六枚なのは、全部表になったとしても六駅先なので、大したことはない。
 
 夕方、その駅前の喫茶店で電話をしている男がいる。吉田を呼び出しているのだが、電波が通じないのか、電源を切っているのか、何度かけても出ないようだ。
 
   了


2017年4月25日

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