小説 川崎サイト

 

羊羹堂

 
 羊羹堂という怪しげな店がシャッター街の奥にある。店屋らしさがなく、棚はあるが何も見せるものがないのか、空棚。四畳半ほどの土間で、店としては非常に狭い。店の奥は住居兼用なのか、畳敷きの座敷が見える。ちゃぶ台が一つポツンとある。その奥にもう一室あるようで、さらにその先は裏庭。階段があり、二階もある。
 羊羹堂だけあって、甘いものを売っているようだ。つまり甘い話。これが唐辛子屋なら、辛い話を売っているのだろう。
 売っているのは話なので商品はない。話が商品のため、これはサービス業だろう。
 甘い話を聞きに色々な人が訪ねてくるが、どの人達も甘そうな顔をしている。つまり、顔付きや身なりが甘い。これは隙があるのだ。甘い話を警戒したりするガードが甘いのだ。
 そこに唐辛子のように辛そうな客が入って来た。身なりはいい。一分の隙もない紳士。羊羹堂の客にしては珍しい。
 羊羹堂主人は丸眼鏡の奥のまん丸い目を見開きながら接客している。丸いちゃぶ台だけがぽつりとある座敷だが、茶の間にしては何もない。家具はこのちゃぶ台だけ。
 ガラスの大きく重い灰皿が置かれたちゃぶ台の前に紳士が座っている。
 主人は奥の部屋から缶入りのウーロン茶を持ってきて、灰皿の横に置く。
「甘い話ですかな」
「そうです」
「いやいや、あなたのような方にお話ししても、とても信じてもらえないでしょう」
 これは羊羹堂の常套句で、いつもそこから話を始める。
「甘い話とは、簡単に儲かるような話でしてね。世の中そう上手くはいきません。つまり、世の中そう甘くはないということですが、ある特定のところでは例外的に甘い話が仰山あります」
「ぎょうさん?」
「沢山と言うことです。多くあるということですよ」
「その特定の場所とは、ここですか」
「甘い話が集まってくる場です」
「それがここなのですね」
「まっ、それはさておき、どのような方面でのお話しでしょうか」
 紳士はある業界の話を始めた。一分の隙はないが、こういう人ほど、ガードが意外と弱いのか、ある業界の動きをつぶさに語り、そして、それを解決する話はないかと聞いてきた。
「あなたもご存じのように、私の話では上手くいくはずはございません。それに素人の私では無理でしょ」
「やはり、だめですか。何かのヒントにでもなるかと思い、来たのですが」
「それは残念でした。甘いお話しは色々と用意しておりますが、あなたの要件には当てはまらないようです」
「分かりました」
 紳士が帰ったあと、羊羹堂は今の話を仕入れ帳に書き入れた。忘備録ではない。
 何かのおりに使えるかもしれないためだ。つまり話を仕入れたことになる。
 甘い話を売るには、先ずは辛い話を仕入れること。
 しかし、羊羹堂のこのサービス、それほど上手くいっていない。やはり世の中そんなに甘くはない。
 
   了




2017年5月1日

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