徹夜明けの益田はかなりの時間眠っていた。大きな仕事をこなし終え、あとは心ゆくまで眠ればよかった。
　目を覚ますと夕方だった。
　益田は久しぶりに自転車を引っ張り出し、駅前まで走った。よく眠ったのでペダルも軽い。
　仕事をやり終えた後の解放感が軽さをさらに増やしているのだろう。空を飛ぶように軽い。
　駅前にはすぐに着いてしまった。ファストフード店にでも入るつもりだったのだが、もう少し走っていたい。
　益田は線路をまたぎ、駅の裏側へ出ようとした。普段来るようなことのない場所だ。駅の表側に大きなスーパーや商店街があり、日常の用はそこで足せる。
　裏側へ出る必要はないのだ。
　駅から出て来る人が多い。夕方のラッシュが始まっているのだろう。
　裏側へ渡るにしても踏み切りがなかなか開かない。特急が行ったと思えば、すぐに各停が近付く。右側の電車が去ると今度は左側。それが去り、やっと渡れると思うと左からまた来る。
　流石に益田は苛つき、線路沿いを走る。
　すると地下道がある。慣れた人はここを潜っているのだろう。やたら自転車が多い。
　背中を丸めないと頭をぶつけてしまいそうなほど上が低い。
　そのトンネルを潜ると、景色が暗い。夕闇が迫っているのだろう。まだ青い箇所を残しているが、街灯には光が入っている。信号の色や車のバックライトなどがかなり奇麗に見える。
　益田は直進した。前をゆく数台の自転車の後を追う感じだ。特に目的はないのだから、適当でよかった。
　やがて前をゆく自転車も消えてゆく。右へ左へと、わが家へ続く枝道に消えたのだろう。
　益田は直進した。
　住宅地のよくある通りだ。幹線道路ではないので走りやすい。
　どれぐらい走っただろうか。益田は距離感を失った。もう駅前とは縁の切れた場所にいる。
　益田は気にしないことにした。こうして走っていることが気持ちいい。それを続けたいだけのことだから。
　しかし、目の前に派手なネオンが輝き、住宅地とは異なる猥雑とした風景に変わってきた。
　違うエリアに入ったのだろう。
　益田は異国の町にでも入り込んだような興奮を覚えた。
　そこが隣の大きな街の場末とは思うものの、それを意識しないで、遊覧飛行のように自転車を飛ばせ続けた。
　
　　　了
　
　
　
　

　　　　　　　　　　2007年4月21日