小説 川崎サイト

 

虫男

 
 世の中には虫の知らせがある。この場合の虫で多いのは蝶々だろうか。結構曖昧な飛び方をし、花がそこになかっても、飛んでいたり、また人に付いてきたりする。しかし、一年中飛んでいるわけではないので、冬場は虫の知らせが少ないということになるが、その頃は別の虫でもいい。虫というのは小さな生き物で、蛇程度までは虫の内。子犬ほどになると、もう虫とは言えない。昆虫でもいいし、爬虫類でも両生類でもいい。大きさが問題なのだ。そして、人前に出てきたりすること。さらに不自然と思える動きをすること。目立たなければ虫の知らせは成立しない。
 ここに虫の知らせだらけの人がいる。虫男と呼ばれ、重宝がられている。虫男に聞けば何が起こるのかが分かるためだ。
 虫男は最初は虫を専門にしていたが、風でも、雲でも良いし、揺れる梢でも良いし、川の流れでも良いし、また、人の動きでも良くなっている。そのため、非常にレベルの高い予言士だ。気象予報士のようなものだが、その範囲は広い。人の天気まで見てとれる。
 ただ、虫男にはそれを見る力はない。虫の知らせで分かるだけなので、未来を見る目ではなく、虫の知らせを見る力がある程度。
 虫の知らせはその人にしか分からない。他の人が同じものを見たり、感じたりしても、ピンとこないだろう。だから虫の知らせは本人専用。
 ところがこの虫男は、他人のことまで分かる。それは依頼者をじっくりと見る。依頼者の中に虫の知らせが含まれているのだ。それは衣服や動作などに、ピンとくるものが出るらしい。衣服の形や色などだ。
 要するにこじつけなのだ。しかし、虫男から見ると、それが閃きとして分かるらしい。因果の外の話になってしまうのだが、これが結構当たるようだ。
 そのため、本来の虫の知らせというものからかけ離れ、ただの予言士になってしまった。そして、その殆どの予言はでまかせなのだが、本人はそのつもりはない。見たまま語っている。予言者自身は本当のことを言っていると信じている。ここがミソで、そのため後ろめたさがない。ただの虚言なのだが。
 その虚言を聞きに、依頼者がやってくる。これも実際には嘘だと分かっているのだ。しかし、虫の知らせを待っていても来ないので、それに代わって、虫男から虫の知らせを聞きに来る。
 当然、それらは眉唾物で、適当に言っていることは分かっている。ただ、虫男は相手を欺す気はない。非常に神妙に虚言を真摯に吐き続けている。
 その虚言だが、その中の一つがたまに当たることがある。確率的に、有り得ることだろう。
 
   了

 


2017年5月15日

小説 川崎サイト