小説 川崎サイト

 

地獄行きの切符

 
「あなたがもし、駅の自動券売機で、目的地までの切符を買うため、お金を入れると、切符が出てきた。さて、どうしますか」
「はあ」
「だから、どうしますか」
「そのままでしょ。そのまま改札を通れば」
「あ」
「何か」
「言い忘れました」
「何ですか」
「出てきた切符に、地獄行きと印字されています」
「それはないです」
「だから、もし、と言ったでしょ」
「地獄行きの電車なんてないでしょ。どの駅で降りればいいのです。乗り換えるとしても、何処で」
「はい」
「行き先は地獄でも、その駅までどうやって行くのですか」
「はい」
「教えてください。どうやって地獄へ行くのです。乗り換え案内で調べても、ないでしょ」
「そのまま改札を抜け……」
「通れますか」
「通れます。裏が黒いので」
「じゃ、どの電車に乗ればいいのです」
「ホームで待っていれば来ます」
「地獄行きがですか」
「そうです」
「地獄と書かれているのですね」
「そうです」
「普通の車両ですか」
「少し古いです」
「しかし、私はいつもの町まで出るために切符を買ったのです。地獄行きは買っていません。だから払い戻してもらいます。地獄に用事はないし、また行く予定もありません」
「はい」
「それに地獄行きの電車が来たとしても、それに乗って地獄へ行った後、何をするわけですか。行って戻って来るだけですか。また、地獄へ行く用意もできていません。夕方までに戻って来ないといけない用事もありますし」
「分かりました」
「何が」
「要するに、暇じゃないと地獄へは行かないと」
「そうですよ」
「でもせっかく当たった地獄行きの切符ですよ」
「これは、クジですか」
「そうです。せっかくのチャンスです。滅多に行けるものじゃないはず」
「でも、面倒なので、行きません。それに」
「それに?」
「券売機から地獄行きが出たとしての仮定でしょ」
「そうです」
「出るわけがない」
「だから、もし、です」
「有り得ない、もし、については考えないようにしています」
「はい、分かりました」
 
   了



2017年5月22日

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