小説 川崎サイト

 

傘念仏

 
「傘です。傘」
「傘が何か」
「これは効きます」
「雨に濡れぬくいとか、丈夫とか。軽いとか」
「傘一般です。傘なら何でもよろしい」
「傘の話ではないのですか」
「自分の傘ではありません。その場合もありますが、これは対象外」
「人が持っている傘ですか」
「もう、持っていません」
「え」
「だから持ち主が分からないか、忘れたかですが、忘れ物傘は対象には入りません」
「では」
「破れ傘、壊れた傘。それはできるだけ新仏の方がよろしいかと」
「傘の新仏」
「道ばたに、たまに落ちているでしょ」
「風であおられて、骨が折れたりして、そのまま捨ててしまったりとか、そういう傘ですか」
「理由は分かりませんが、野ざらしになった傘です。そのため、立てかけられているタイプは効果が薄い。また、ゴミの日に出ている傘は対象外」
「忘れ物傘や、ゴミの日に出した傘じゃだめなんですね」
「ゴミの日に出した傘でも、そのまま誰かが移動させて、どこかに捨てたものはかまいません。要は傘があるような場所にはないことです。川の中で浮いていたり、引っかかっているものでもよろしい。野末で野ざらしがいいのですが、そういう場所はもう少ない」
「その傘がどうかするのですか。傘の化け物でも生まれるとか」
「いやそんなものが発生すれば、面倒でしょ」
「じゃ、何を」
「念仏を唱えるのです。これが効きます」
「傘供養ですか」
「それに近いですが、別に傘の霊云々の話ではなく、これはただの対象物です。まあ、仏像のようなものです」
「野ざらしの傘に対して念仏を唱えるのですか」
「これを傘念仏と言います。これが効きます」
「どんな念仏です」
「適当なものでよろしい。ただ、この念仏の中に望みを入れるのです」
「たとえば」
「南無何々が叶いますようにとかです」
「その場合の念仏はナムだけですね」
「何でもいいのです。念じれば」
「はい」
「流れ星に願いを……というのと同じです」
「はあ」
「簡単でしょ」
「変わってますねえ」
「だから野ざらしの傘を発見次第、そこで傘念仏を唱えるのです。そういうのを見かけるチャンスなどそれほどありませんが、そればかり探しながら歩いていると、結構見つかります。川なんかによく落ちていますからね。また強い風雨の後など、歩道に骨だけになった傘が落ちています。これは上物です。骨だけですからね」
「じゃ、布だけになった傘とか、ビニール箇所だけの傘じゃだめですか」
「骨が少しでも付いていればオーケイです。要は傘というよりも骨が大事なのです」
「傘念仏で願いは叶いますか」
「まあ、願いを言う程度で、これは希望や目標を一応お知らせする程度です。後は蓄積です」
「蓄積」
「数多くの傘を拝むことです。功徳を積むことになります。それがポイントのように貯まると、ご利益を受け取れます」
「傘信仰ですか」
「傘というより、骨信仰です」
「骨折り損のくたびれ儲けになりそうですが」
「それほど骨の折れることでも、疲れる行為ではありませんから、やってみなさい」
「はい」
「最後に」
「まだありますか」
「骨の折れた傘は効果大です。ポイントが三倍から四倍加算されます」
「はいはい」
 
   了

 


2017年5月27日

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