小説 川崎サイト

 

天気の話

 
「暑くなってきましたなあ」
「去年も言ってましたねえ」
「その前の年は?」
「あなたと話すようになったのは去年からですので、それまでは知りません」
「毎年言ってます。生まれたときからじゃないですよ」
「いつ頃からです」
「何が」
「ですから、暑くなったと言い出したのは」
「普通に言うでしょ。小学生でも」
「ああ、そうですねえ」
「しかし、少しタイミングが違います」
「どのように」
「暑かったときに暑いと言うだけでした。子供の頃はね。暑い季節でも、暑い目に遭ったときだけ言ってました。これはよほどの暑さのときに限られます。普通の暑さなら、何も言わなかったと思います」
「よく覚えていますねえ」
「今は、暑くないときでも、暑そうだと、暑いと言ってます。または暑くなりそうだとか」
「それはいつ頃からですか」
「さあ、年を取ってからでしょう。他に言うことがなくなりだした頃からです。こうして町内をうろうろするようなことは若い頃にはなかったように記憶しています。暇になってからでしょうなあ。用もないのに近所をうろうろし始めた頃からです」
「挨拶代わりですね」
「そうですねえ。いつの間にかそんな挨拶をするようになりましたよ。暑い寒いだけが問題ってわけじゃないですがね」
「まあ、夏は暑いですから」
「あなた、去年もそんなこと、言ってませんでした」
「言ってました」
「ところであなた、冷や麦派ですか、ざる蕎麦派ですか」
「私はソーメン派です」
「私は昔はざるうどん派だったのです」
「そうでしたか。あれは冷やしうどんと言ってませんでしたか」
「冷やしうどんと、ぶっかけうどんは違います。ざるうどんも違います」
「そうでしたか」
「他には」
「え、何がです」
「夏に食べるようなもの、他に」
「さあ、家族が多くいたときはスイカでした」
「そうですねえ。一玉買っても一人じゃ食べきれませんからねえ」
「切ったのもありますよ」
「そうでしたね」
「お話はそれだけですか」
「天気もやったし、食べ物もやったりし、次は」
「健康状態が残っていますよ」
「これは深刻な話になるので、避けています」
「政治の話も」
「そうです」
「やはり天気の話が一番無難ですか」
「はい」
 
   了



2017年6月6日

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