小説 川崎サイト

 

化け物屋敷

 
 お化け屋敷は見世物小屋のようなものだが、化け物屋敷になると、本物が出る可能性があり、幽霊屋敷になると、さらにリアルで、幽霊だけが出る。
 その屋敷は化け物屋敷と呼ばれているため、幽霊屋敷よりも緩い。しかし出るのは幽霊以外のものも含まれるので、結構賑やかだが、お化け屋敷ほどの派手さはない。
 城下の外れにある武家屋敷で、屋敷町から離れた場所にある。それが幸いしてか、市街地の中に入らず、少し郊外になる。こんなところに住んでいた侍は、登城時間がかかっただろう。通勤時間が長いのと同じように。
 その武家屋敷、一見して寺に見える。しかし土塀は高く、庭一面に植わっている木々も高い。森の中にいるようだ。
 長く化け物屋敷として放置されているのは、買い主がいないためだろう。借家としての取引はない。
 明治の文豪がこの静かな武家屋敷を気に入り、買うことにした。この文豪は金持ちの三男。実業家としての才もなく、政界に打って出るだけの器量もない。だから遊んで暮らしているうちに、文学者となった。英語ができるため、英語教師でもよかったのだが、学校へ通うのがいやがった。風流人というには若すぎる。
 さて、化け物屋敷だが、今でいえば事故物件。事故車と同じような扱いのため、安い。ただ、言わなければ分からない。
 文豪はここを巨大な書斎として使うことにした。別荘のようなものだが、化け物が出るので、物騒な場所だ。外ではなく、内にいる。
 その文豪、文は豪快だが、気性も神経も鈍い。鈍くても化け物屋敷といわれているところをわざわざ買わないだろう。そこのところをよく判断できないほど鈍いのだ。
 この文豪、今でいえば嘆美派の先駆け。怪しげで妖しい雰囲気を好んだ。豪快な文体なので、珍しいタイプだ。化け物屋敷が気に入ったのはそのためではないが、寺のような雰囲気のある屋敷に惹かれたのだろう。できれば寺に住みたかったようだ。
 子供はなく、夫婦で一年ほど暮らしているが、化け物などは出ない。ただ、飼っていた犬がここに来てからよく吠える。また書生や小間使いの出入りが激しい。
 当時はまだ文豪とは言われていなかったが、ここに越してから書いたものが当たった。執筆にはいい場所だったのかもしれない。集中できた。
 結局化け物屋敷は嘘だったのだろうか。しかし、その周辺に住む人達は、結構怪しいものを見ている。土塀沿いにややこしいものが通っていたり、伸び放題の庭木の枝に異様なものが止まっていたりした。
 要するに、この二人、夫婦そろって鈍かったようだ。
 
   了


2017年6月12日

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