小説 川崎サイト

 

傘妖怪

 
「雨ですなあ」
「久しぶりです」
「土砂降りの雨のとき、旅館の二階にいました。そこから下の通りを見ていましたよ」
「旅行も台無しですなあ。雨じゃ」
「旅行ではなく、人と待ち合わせていました」
「旅館でしょ。だから観光地ですか」
「そうです。海辺にある名所で、旅館や土産物屋が軒をつられていますが、結構寂れていましてねえ。半分以上は廃業ですよ。平日だったので、土産物屋も殆ど閉まっています。旅館にも土産物は売っていますから、問題はないのですがね」
「旅先で待ち合わせですか」
「少し込み入った話がありましてね。こういった静かな場所がふさわしいので、ここで会うことにしたのです。話も長くなるので、ゆっくりとできる場所。だから旅館なら丁度でしょ」
「そうですなあ。一体どんな方とお会いになられたのですか」
「あるものを調べてもらったのです。その報告を、ここで聞こうと」
「はあ、趣向を凝らしすぎじゃありませんか」
「いや、この土地に関係する話でしてね」
「何を依頼されたのですか」
「おばけです」
「おばけ」
「はい」
「それはまた」
「化け物の正体をじっくりと聞きたいと思いましね」
「あなたも、その調査の人もこの土地の人じゃないのでしょ」
「そうです。しかし、どうもこの土地と関係するらしいので、いっそのこと、ここで報告を聞こうということになったのです」
「はい」
「寂れた雨の旅館街に人はいません。誰も歩いていません。そこを骨の折れたような破れ傘が歩いてきました。上からでは傘しか見えませんが、きっとあの人だろうと確信しました。約束の時間とピタリ合いますしね。きっと彼だろうと」
「はい」
「そして軒下に消えました。この旅館の軒下なので、やはりそうだったと確信しましたよ。しかし、いつまで立っても案内が来ない。客が訪ねてきたと旅館の者が言ってくるはずなのにね」
「別の人だったのかもしれませんねえ」
「それで、帳場へ降りて聞いてみると、誰も来なかったと」
「それだけで、もう十分怪談でしょ」
「そうなんです」
「会わずじまいになったのですか? しかし、それらしい人がその時間に来たのでしょ」
「そうなんです。消えたのです」
「雨宿りをしていただけじゃないのですか。あなたが上から見た傘の人は」
「傘があるので、雨宿りの必要はないでしょ。傘がなければ別ですが」
「きつい降りなら傘があっても雨宿りしたくなりますよ」
「しかし、彼でした」
「じゃ、会われたのですね」
「電話しました」
「はい」
「すると、約束の時間に来たらしいのです」
「でも上がってこなかったのでしょ」
「実は」
「その実は……を聞きたいです」
「旅館で私のことを言ったようですが、そんな人は泊まっていないと言われたらしいのです」
「別の旅館に入ったのでは」
「いや、この旅館です。入ってくるのを見たのですから」
「じゃ、その人は何処で電話を受けたのですかな」
「近くの土産物屋です」
「じゃ、近くにいるのでしょ」
「それで、もう一度宿屋の名前をしっかり伝えたのです」
「懸命です」
「窓から下を見ておりますと、またあの骨の折れた傘の人がやってきて、軒下に吸い込まれていきました」
「今度は間違いありませんね」
「しかし、宿の者が知らせに来ないのです。それでまた帳場に降りて聞いても、誰も来なかったとか」
「あなた」
「え」
「あなたが待ち合わせた相手というのは、幽霊では」
「はい、それはあとで分かりました」
「どんな幽霊ですか」
「幽霊ではありません。お化けです。だからそれを調べて欲しいと依頼したのですが」
「じゃ、来たのは誰なのです」
「傘です」
「傘」
「傘のお化けですよ。上からじゃ傘しか見えなかった」
「しかし、電話したら出たのでしょ。調査員が」
「はい」
「じゃ、傘のバケモノと、調査員とは別人でしょ」
「そこが曖昧で」
「この地に昔から出るとされる番傘の妖怪らしいのですが、今は蝙蝠傘に変わったようです」
「しかし、電話に出た人はどうなりました」
「やはり土産物屋にいたようです」
「その人に話を聞けば早いじゃないですか。その調査報告で来ているわけですから」
「そうです」
「それで、会われましたか」
「会えました。ただし今度は私から土産物屋まで出向きました」
「それは懸命でした」
「雨はもうやんでいました」
「それでどんな報告でした」
「よく分からないとか、言ってました」
「頼りない調査員ですねえ」
「怪現象専門の有名な博士です」
「なんていう名です」
「妖怪博士」
「じゃ、調査員が妖怪だったのですね」
「博士によりますと、その傘妖怪は、傘だけでは怪しまれるので、人に差してもらうとか」
「一本足じゃ、目立ちすぎるからですか」
「そうです」
 
   了



2017年6月28日

小説 川崎サイト