小説 川崎サイト

 

ある嘘

 
 その昔の話をここでする場合、平田氏は嘘を語らないといけなくなるので、実は触れたくはない。しかし、どうしても聞きたいと頼む人がおり、しかも断るのが悪く感じたので、渋々語ることにした。
 平田氏は、ここで損得を考えたようだ。語った方が得だと。しかし嘘をつきたくない。困った話だ。
 この損得とは、先方に悪い気をさせないことで、いい印象を与えたかったのだ。
 相手が聞きたがっていることは分かっている。そしてそれがどういうことだったのかの解答を用意している。これは推測だろうが、定説になっている。それを本人が認めるかどうかが問題で、平田氏は沈黙を守っていた。しかし、話が一人歩きし、仮説が定説になっている。今ではもう動かしがたい。
 平田氏はそれを覆せる。本人だけが分かっていことなので、定説とは違うのだ。しかし、ここで嘘を言った方が受けがいいし、将来何かと有利になる。これが損得だ。真実よりも、利益の方が大事なのは人情だろう。それに誰にも迷惑をかける話ではない。むしろ定説通りだったと認める方が受けがいいし、歓迎されるだろう。
 そして平田氏は嘘だと分かりながら、嘘の告白をしたような感じになった。この嘘があとで影響するかもしれないが、平田氏にしか分からないことだ。
 平田氏が定説を認めたことで、相手は納得したようだ。やはりそうだったのかと。本人が言っているのだから、間違いはない。仮説が裏付けられた。平田氏が嘘のお墨付きを出したようなものだが。
 そのことが公表されてから数年後、疑問を抱く新しい世代が現れた。しかし、平田氏が肯定しているのだから、それは覆られない。しかし、平田氏が嘘をついているのではないかと、疑惑を持っているようで、これは恐れていたことが起こったことになる。
 しかし、平田氏の評価は高い。嘘をついて得をした成果は出ている。そして嘘を見抜いた人は相手にされなかった。
 平田氏は今もでも嘘をついたことに心苦しさは感じるものの、嘘がいつの間にか本当のこととして定着し、それに乗りかかるようになった。
 今では、心苦しさは消え、苦笑いする程度になっている。
 
   了



2017年7月8日

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