小説 川崎サイト

 

黒南風

 
 夏風邪が長引きすぎているため、島田は風邪ではないように思いだした。医者に行ったのだが、薬がきつく、風邪の影響なのか薬の影響なのか分からなくなってしまった。最近の薬はきついのだろう。
 それで薬の効果が切れ、普通の夏風邪のだるいような状態に戻った。これは把握しやすいが、心配になり、近所に住む祈祷や占いをやる婆さん宅を訪ねた。これはよりにもよって、行くべき家ではないが、薬よりもマジナイの方が効くのではないかと、考えたからだ。実に浅はかな話だ。
 その婆さん、普通の長屋に住んでおり、看板は上がっていない。ボランティアではなく、しっかりとお金を取るが、医者に行く程度、薬局で風邪薬を買う程度の金額なので、問題はない。しかし、あまりにも安いので、インチキではないかと言われていた。
「それはあなた黒い風が吹いたのですよ」
 早速インチキ臭い話が始まった。
「暑い最中なのにゾクッとするようなことはありませんでしたかな」
「悪寒ですか」
「いや、暑いと思っていたら、下の方から冷気が来たような」
「ああ、あります。暑いのか寒いのかが分からなくなりました。寒いと思い、着込んだほどです。するともの凄く暑くなってきて、すぐに脱いだのですがね」
「雨が降る日じゃありませんか」
「そうです」
「この季節、それを黒風と呼んでいますのじゃ」
「はあ」
「黒南風とも呼びます。これは邪鬼です。だから、風ではなく、風邪を引いたときの、あの風邪。邪悪な風ですなあ」
「そうなんですか」
「祓いましょう」
「お願いします」
 婆さんはサンマでも焼くような汚い団扇で扇ぎだした。
「これで黒南風は出て行くであろう」
「あろうですか」
「そうじゃ」
 それから一週間ほど立ったとき、急に身体が熱くなり、足元を見ると、黒い煙のようなものが出ていったように見えたが、錯覚かもしれない。
 そして夏風邪が治ったのか、体調も戻った。結局は治る時期になっていたのだろう。
 
   了




2017年7月13日

小説 川崎サイト