小説 川崎サイト

 

ソーメンを食べに来る男

 
 夏だけに来る旧友がいる。普段からの付き合いはない。立花が若い頃は毎日のように合っていたクラスメイトだ。年取ってからはもう関係はなくなったのだが、その吉田だけはまだ続いている数少ない旧友だ。今も友かと問われると、そうだと答えるだろう。
 この吉田が夏の暑い盛りの頃、決まって来る。まるで暑中見舞いのはがきのように。ただ年賀状は来ない。
 そして毎年昼下がりの、最高気温が出る炎天下に来る。雨の日は来ないし、曇っていても来ない。猛暑のときにしか来ないので、その日は決まっていない。しかし、決まって暑い日なので、決まっているのだろう。
 そしていつもソーメンを作って出す。これは年中行事のようなもので、それでもてなすのだが、吉田は普段からソーメンなど食べない。これは若い頃、お金がなかった時代、ご飯のように食べていた。夏場はソーメン、冬場はスパゲティー。いずれも安い。
 そのため、年に一度来る吉田のためにソーメンを買うようなもので、何束か入っているので、それを食べきると、もうソーメンは買わない。
 そして、今年もやってきた。そして、ソーメンを作った。
「暑いときは、この醤油が効いた出汁のソーメンが一番だね」
「そうなの」
「遠泳とかのとき、海に桶が浮かんでいるだろ。あそこに醤油が入っているんだ。あれをなめると元気になる」
 そして、世間話をして帰っていくのだが、毎年気にしてみているのは、ソーメンが減っているかどうか。鉢の中のソーメンだ。それが消えていると、安心する。
 つまり、具のなくなった吉田になっている場合もあるからだ。吉田という肉が。
 今年もソーメン鉢は空だったので、生きていたのだろう。
 しかし、この吉田。あまり自分自身のことは語らず、暑中見舞い程度の話しかしないし、今、何処に住んでいて、何をしているのかの近況も話さない。そういえば学生時代からそうで、彼の電話番号や住所は分かっているのだが、行ったことはない。来られるのを嫌っていたようだ。何人かいた友達の一人なので、立花はそれほど気にしていなかったが、それは今も続いている。
 卒業アルバムにも吉田はしっかりと写っている。しかし、何処か影が薄いというか、目立たない男だった。
 だからではないが、毎年来る吉田に対して幽霊疑惑が起こるのだろう。
 
   了



2017年7月19日

小説 川崎サイト