小説 川崎サイト

 

鰻重

 
 まだ夏バテではないが、そろそろバテてくるだろうという頃、土用のウナギの日を思い出し、平田はウナギを食べることにした。子供の頃は、この土用を土曜と勘違いしており、波の高くなる頃の土用波も土曜になると波が高くなるのかと勘違い。年中海を見ていればその程度のことは分かるが、海水浴で行く程度。だから土曜日は行かないものと思っていた。
 さて、ウナギだが、近所の弁当屋に鰻重がある。その近くの牛丼屋には鰻丼もあるが、ここは鰻重だろう。
 それで弁当屋へ行ったのだが、その手前で自転車が多いのが見え、さらに近付くと、店内で待っている人が多数おり、椅子はふさがり、立っている人もいる。自転車の客だけではなく、駐車場もあり、そこも満車に近い。これはさっと買って、さっと食べられない。それだけのことで、平田は鰻重を諦めた。待つだけのスタミナがなかったわけではないが、待ってまで買うほどでもない。単に夕食を食べるだけなので、他のものでもかまわない。
 その通りにはファミレスやラーメン屋、多国籍料理店など、いくらでもあるが、一人の場合、そういった張り切った店には入りたくない。コンビニで弁当を買った方がすんなりといく。
 今回、鰻重はすんなりとはいかなかったので、その近くにあるスーパーへ行くことにした。そこでウナギを買うわけではなく、普通の弁当を買うためだ。コンビニや弁当屋のより盛りが多く安い。それですっかりウナギを食べる特別な日から、普段のコースに戻ってしまった。
 その弁当屋の前からいつものスーパーへ寄ることになったのだが、いつもは家から西へ向かうのだが、その日は北西へ向かうことになる。方角は分かっているが、滅多に立ち入らない場所。昔の農村がまだ残っており、弁当屋もコンビニもスーパーも、その村の町名だ。昔は田んぼだった場所。
 その村の中心部を通り抜けるコースになる。平田は自転車でウロウロするタイプだが、この旧農村時代の中心部へは滅多に行かない。用事がないためだ。よくウロウロ自転車で走ってはいるが、それは目的地までの移動で、散策ではない。
 スーパーで弁当を買うのなら時間が問題になる。夕方前でまだ早い。その時間ではまだ値引率が低いのだ。閉まりがけなら半額になるが、そこまでは待てない。
 それで、できるだけゆっくりとスーパーへ向かうことにした。弁当屋から西へ向かった。大きな古書店があり、その辺りが村と村との境界線だったはず。さらに西へ向かいすぎると、行き過ぎになる。案の定、行き過ぎてしまい。慌てて、舵を切った。村の中央部を抜ければ、ちょうどいい角度からスーパーへ行ける。
 村のシンボルだった神社の大きな茂みが見えてきた。神木が何本もあるのだろう。大木が集まる林。それが一本の大木のように遠くから見える。実は別々の木なのだ。
 その下を通過したところから農村時代の建物が見える。狭い路地だ。大きな道は中央部にはない。この村の家は、一カ所に全て集まっている。そして周囲は田んぼ。今では取り残された一角だが、どの家も大きく、武家屋敷のような屋根のある門や土塀がある。ここだけは時代劇をまだやっているようなものだ。
 普段、ここまで足を伸ばす用事はない。スーパーの西へ行く用事がないためだ。
 狭い路地は急に塀にぶつかり、直進できなかったりする。まるで迷路のように入り込んでおり、通れると思って進むと、農家の庭に出てしまったりする。その家の専用路だろう。
 日はまだ上にあるが、曇りだし、太陽の位置が分からない。日は西に沈む。だから夕日を背にして進めばスーパーに出るはずなのだが、その目印がない。もう方角が分からない。分かっていても、そちらへ向かう道がなかったりする。
 それで、ぐるぐる村の路地を回っているうちに、見たことのある場所に何度も出る。火の見櫓跡だろうか。もう使われていない消防団の倉庫もある。
 結局、村の人らしい自転車のおじさんのあとを付いて走ると、普通の住宅地に出た。大きな道も見えてきた。そしてスーパーの位置も確認できた。
 あとで、地図で見ると、村名や町名とは別に、狐塚とか、車塚などの旧地名も書かれていた。今は番地としては使われていない。
 スーパーの総菜コーナーへ行くと、何と鰻重が並んでいた。最初からここへ来ればよかったのだ。
 
   了


2017年7月21日

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