小説 川崎サイト

 

駅前農家

 
 田んぼの中にぽつんとあった駅前も、今風なものが建ち並び、おしゃれな町となってしまった。しかし、改札のすぐ前の角地に田んぼがまだ残っている。まるで駅の緑地のように。
 それほど広くはないが、ここだけは田園風景のまま。駅に行くにはどうしてもその前を通ることになる。その道も綺麗に舗装され、歩道はタイル張りで、ゴミ一つ落ちていない。ところがその歩道横にどぶがあり、畦には草が生い茂っている。そして田んぼがあるのだが、今は野菜畑の時期。
 問題は臭いだ。糞尿を巻くためだろう。当然畑の奥に汚らしい農家がある。流石に藁葺きではないが、農機具とか、その他諸々の得体の知れないゴミとかも積まれている。いずれも農作業に必要なものだが、場所柄というのがある。糞尿は、この農家の親父のもので、水洗ではなく、くみ取り式の昔の便所をまだ残している。当然それは昔から肥料になる。それをいきなり畑にまかれたとき、かなり厳しい臭いがする。また、藁にかけて、熟成させて肥料藁も作っているが、この藁から始終臭いがする。
 通りにはおしゃれなパン屋やレストランがあり、その上はマンション。駅前の一等地だ。畑から徒歩数秒だ。
 しかし、苦情を言う人がいても、何ともしがたいようだ。なぜなら、この一帯の大地主のためだ。駅が拡張したときも、ドン前にあったのはその農家の田んぼだった。それに何棟も建っているマンションも、この親父のもの。オーナーなのだ。売った土地もあるが、貸している土地も多い。
 この親父、嫌がらせをしているわけではなく、最後に残った田んぼだけは丁寧に耕したかったのだろう。そして先祖代々伝わるやり方で。
 この駅前を利用する人の中にはもっと草深い田舎から出てきた人も結構いる。実家が農家とかだ。そのためか、その前を通るたびに故郷を思い出し、ほっとする人もいる。所謂田舎の香水の匂い。
 この周辺にはもう田んぼはここだけで、肥だめのある畑も今では珍しいが、蓋がない。
 もっと昔は小作人を多く抱える豪農で、ちょっとした領主のような家柄だった。そのため、駅のドン前で田や畑ができるのだろう。しかし、肥えかけだけは、流石に最近は自重しているようだ。
 
   了




2017年8月5日

小説 川崎サイト