小説 川崎サイト

 

ウロウロする

 
「最近引き籠もりがちとか」
「用がないと、外に出なくなるねえ。今日は君が来てくれたので助かるよ」
「そうですか」
「一寸仕事が暇になってねえ。しかし、やるべき事は多いのだが、まだ動き出すタイミングじゃない。それは自分で決めることで、いつでもいいんだけどね。誰かが押してくれると有り難いんだが」
「どんな計画ですか」
「いや、まだ思案中で、まとまっていない」
「そうなんですか」
「何もないと部屋でじっとしていることが多くてねえ。暇なので遊べばいいんだが、何処へ行こか、何をしようかと考えているうちに出遅れる。誰か誘ってくれればいいんだけど、そういう友人が最近減った。まあ、飲み友達なので、大した付き合いじゃないけど。一度か二度断ると、次から誘われなくなるねえ」
「で、ずっと部屋で」
「暑いしねえ。エアコンの効いた部屋でゆっくりしている方がいい」
「そうなんですか」
「君はよく出掛けるの」
「はい、用もないのに出掛けますよ。散歩のようなものですが」
「あ、そう」
「それで、この近くまで来たので、突然お邪魔しました」
「いいよ。僕なんてアポなしで」
「何度か寄ったことはあるのですよ」
「そうなの」
「いつもお留守でした」
「忙しい頃だね。いや、忙しくなくても、部屋にいることは少なかったねえ。毎日何処かへ行っていた」
「用がないと出にくいでしょ」
「誘われると出やすい」
「誘いに来るのですか」
「待ち合わせだよ」
「そうですねえ」
「直接こうして訪ねて来るのは、君ぐらいだよ」
「はい」
「用がないと友人も誘ってこないしね」
「用が必要ですか」
「そうだね」
「では、用を作られては」
「ああ、そうなんだが、今一ついいのがなくてねえ。これは出合いの問題だろうねえ。いいものに出合うには逆に出掛けていないと遭遇しない。何かのきっかけで知り合いになるとかね」
「用がなくても出掛けられますよ」
「君がそうだろ」
「はい」
「どうしてそんなことができるんだ」
「家を出ればいいだけですよ」
「出れば?」
「そうです。外出すればいいだけですよ。こんな簡単な事はありませんよ」
「出て、どうするの」
「とりあえず、行きつけの場所へ行くとかです」
「それなんだね。毎日出掛けている人は、そういう場所がある」
「行きつけの通りでも、川でも、店でも、何でもいいのですよ。とりあえずそこまで行く。行く途中で、別のところを思い付けば、そちらへ行く。ポスターなんかを見て、イベントがあれば、近くまで行くとかね」
「イベント」
「フリーマーケットとか、模擬店とか。野菜市とか、何でもいいのです」
「で、君は今日はどんなネタで、ここまで来たの。結構遠いでしょ」
「古着市がお寺の境内であったのです。これは、偶然、何日か前に貼り紙で知りました。このマンションの近くですよ」
「知らないよ。何処のお寺。この近くなら、太鼓寺だろ」
「そうです」
「そこで古着市ねえ」
「興味ないでしょ」
「まあねえ」
「秋物の一寸したレインコートでもあれば買おうかと思い、来てみましたが、ありませんでしたねえ」
「あ、そう」
「それで、先輩がコート類が好きなのを思い出して、しかもこの近くに住んでるのも知ってましたから、その流れで。まあ、近くまで来れば、寄りますよ。でも留守が多いので、やめようかと思ったのですが」
「最近ずっといるから」
「それは幸いでした」
「君のように僕もウロウロしないといけないねえ。しかし」
「はい」
「この暑いのに、秋物のレインコートかい。よくそんなもの買う気になるねえ」
「夏はすぐに過ぎますよ。だから薄い目の、雨の日に引っかけられるようなのが欲しいのです。大袈裟なものじゃなく。それなら傘がなくても何とかなりますし」
「それは仕事じゃない」
「そうですが」
「それなんだ。仕事じゃないことでもやらないといけないんだ。どんどん狭い穴にはまり込んでしまう」
「そうなんですか」
「僕も、ウロウロしてみることにする」
「そうして下さい」
 
   了

 


2017年8月12日

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