小説 川崎サイト

 

逆盆帰り

 
 もうお盆の帰省ラッシュのニュースが出る頃、そろそろお盆が近いことを高峯は朝に知るが、お盆はいつなのかははっきりとは知らない。カレンダーを見ても書いていない。
 その朝、高峯はいつものように自転車で外に出た。朝の散歩だが、決まった道筋がある。
 少し走ったところで、違和感を覚える。何かを見たとかではない。特に変わったことは起こっていないのだが、変化がなさ過ぎる。妙な違和感。その正体は人がいないこと。もうお盆に入ったのだろうか。しかしお盆だからといって家でじっとしているわけではない。生活道路から少し広い道に出たとき、決定的になる。誰もいない。車も走っていない。帰省ラッシュがどうのといっていたのだから、もっと車が多くていいはず。何本かの筋と交差するのだがそちらの方角にも車はいない。当然人もいない。
 真夜中でも車が走っている通りだ。何かの都合で遙か彼方まで車の姿がないこともあるだろうが、朝のこの時間にそれは珍しいというより、ないことだ。
 お盆のまだ暑い頃、長く伸びた影が家々の前を黒く塗りつぶし、誰も外に出ておらず、一瞬怖い闇を見るようなこともあったが、それは一瞬のタイミングで、人や車の姿はすぐに現れた。だが今朝はそれではない。こんなに長い間、しかも遠くまで見渡せることなど有り得ない。
 高峯の朝の散歩はパンを買いに行くことだ。近くのコンビニでもパンは売られているが、メーカーもののパンではなく、個人が焼いているパン屋に通っていた。だから少し遠いので自転車で散歩のように出掛けている。
 パン屋へ行くまでに牛乳屋がある。宅配専門だが、シャッターは閉まり、車も車庫に入ったまま。その先の酒屋は流石にこの時間はまだ開いてないので、閉まっていても不思議ではない。
 これは何かの偶然が重なっているのだと高峯は思うことにしたが、次の交差点で、左右を見ても無人。車は見えない。止まっている車はあるが、動いている車がない。当然自転車も人も、猫も。
 パン屋は住宅地の中にぽつりとあるのだが、開いている。朝の早い時間からやっている。焼きたてなので、まだ温かい。
 パン屋の硝子ドアを開けると、冷房が心地よい。人はいる。客はいないが、いつもの店の人がいる。高峯はいつものパンを盆に乗せ、店員に渡す。
「人が少ないようですが」
「そうですか」
「表、誰もいませんよ」
「お盆だから帰省したんでしょ」
「ここは休まないのですか」
「ここが僕の故郷ですから。ここが実家なんです」
「あ、そう」
 高峯は滅多に店主とは話さないのだが、無人の街でやっと人間と出合ったような気になり、気安く話してしまった。
 そしてパン屋からの戻り道、ポツリポツリと人が出ているのが見えた。犬の散歩者や、車も見える。
 そして途中まで来たとき、いつもの道筋の風景に戻っている。では、それまでの無人の風景は何だったのか。
 
   了

 


2017年8月14日

小説 川崎サイト