小説 川崎サイト

 

神隠し

 
「神隠しについてなのですが」
「この暑苦しいときに、また面倒な話を」
 妖怪博士付きの編集者がいつものように現れたのだが、夏場は訪問回数が少ない。妖怪博士の家にクーラーがなく、扇風機だけで暑いためもある。この編集者、実はサボりに来ている。しかし、博士の家は避暑地にはならないので、回数が減ったのだろう。
 妖怪博士は一応麦茶を掛け布団を抜いたホームゴタツの上に置く。
「神隠しねえ」
「はい、その真相を」
「そんなこと、すぐに答えられんじゃろ」
「いや、軽くて結構です。どうせ小学生が読むので」
「なかなか最近の子供は欺せんぞ」
「はい」
「神隠しは嘘じゃ」
「神隠しに遭って数年後、戻って来た少年の話など、数限りなくありますよ。天狗と一緒に異郷で遊び、そして数年後、村に戻って来たとか」
「ああ、あるのう」
「それも嘘ですか」
「あったとすれば誘拐か、家出だ」
「どうして、そう思われるのですか」
「昔あったのに、今はない」
「はあ」
「聞いたことがあるかね」
「行方不明はありますが、神隠しのように数年も」
「だから、そういう嘘をつく人が減った」
「神隠しに遭った子供が嘘を」
「その全部を作った人じゃ」
「作り話なのですか」
「もし神隠しが今もあるのなら、似た話を聞くはず。しかし、普通の子供が普通の場所にいるとき、突然消えて、数年後に出て来たというような話はもうないだろう。そういう嘘を言う人が減ったというより、もうしなくなったので、神隠しもなくなったのじゃ」
「身も蓋もありません」
「それに比べると妖怪は方々でまだ出ておる。嘘をつく人が多いのではなく、最初か嘘話をしているようなものじゃがな」
「そうですねえ。妖怪なんて誰も信じていませんよね」
「嘘話でも年月が経つと、それを記したものも古くなり、もう真意は確かめられぬから、そのうち本当にあったことのように思えたりするのかもしれんなあ」
「じゃ、神隠しの本当の意味は何でしょう」
「それは小学生向けではない。私でも分からん。神隠しと昔の人が言わせたその背景がな」
「背景ですか」
「まあ、消えてもらいたい子供いたのかもしれん」
「小学生向けではありません。博士」
「神がお隠しになったのだから、仕方がない」
「しかし、出て来ることがあるでしょ。数年後。あれはなんでしょう」
「許したのかもしれん」
「子供を隠して、許した……ですか」
「座敷牢にでも閉じ込めていたのかもしれん」
「はあ」
「よく庭の倉の前で遊んでいたのが最後の姿で、数年後、また倉の前に姿を現した。などは辻褄が合っておる」
「許したのですね。軟禁を」
「出て来ない神隠しは、隠しっぱなし。だから、亡くなったのだろう。神様の仕業なら詮無し。仕方がないということだな」
「はい」
「これを記事にするのかな」
「いいえ、参考までに」
「神隠しじゃなく、紙隠しだな」
 
   了

 


2017年8月15日

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