小説 川崎サイト

 

新たなる過去へ

 
「終わりは始まりだというが、始めることが少なくなるねえ」
「始まりは終わりだともいいますよ」
「誰が」
「さあ」
「君が勝手に言っているんじゃ」
「何処かで聞いたような気がします」
「一つのことだろうねえ」
「一つのことが終わり、一つのことが始まる」
「そうそう」
「でも、一回きりのこともありますよ」
「年代だね」
「そうです。たとえば青春なんて一度きりでしょ」
「戻れないねえ」
「一度きりの春ですよ」
「うむ」
「春は毎年巡ってきますが、その人の春は一度きり」
「淋しいことをいうねえ」
「まあ、いつまでも若くないってことですよ。だから、やることも限られてきます」
「それそれ、だから終わりは始めだといっても、できることが減るんだ」
「会うは別れの始めともいいます」
「私がいいたいのは、終わったところから始めようということだが、別に何も終わったわけではない」
「一寸時間軸が分かりませんが」
「だから始めは終わりなのだから、終わりから始める」
「じゃ、一秒で終わってしまいそうですよ」
「そうじゃない。終わったことは、終わったことなので、さっと別のことへ行くだろ。終わったのだから、もうすることがない」
「はい。正にもう終わった状態ですね」
「そうだ。だからその先は誰ももう行かない。行き止まりだからね」
「はい」
「その行き止まりをスタート位置として始める」
「でも、行き止まりなのですから、一歩も進めませんよ」
「一ミリぐらいは進むだろ」
「確かに進んでいますが、あと何ミリ残っています?」
「あとは、身体を押しつければ、もう少し」
「その程度は距離とはいえませんよ。遙か彼方まで行けなければ」
「そうか」
「だから、それは止まっているのと同じです。立ち止まっているのと」
「行き止まりのたとえが悪い。そういう物理的なことじゃなく、先は実は果てしなく続いているんだ。誰もがもう終わっている世界と思い、先へ進まないだけ」
「そんな世界がありますか」
「これは終わりなき戦いではなく、もう終わっているので、戦いもない。戦後だ」
「はあ」
「しかし、戦後は長いだろ。何処までも続き、もう誰も戦後だとは気付かないような世代もいる」
「そのたとえも、あまりよくないかと」
「そうか」
「それで、次は何をされるわけですか。何を始めるわけですか」
「全てが終わっているようにも見えたりする」
「はあ」
「だから、何をするにも、全部が全部既に終わっているところから始めるようなものではないかと、最近感じた」
「はい」
「それなら、逆側へ行ってやれと」
「逆といいますと、過去へですか」
「いや、むしろ全てが過去に向かっているのかもしれない」
「はあ」
「そう考えると、終わった世界など珍しくなく、また可愛いものだよ」
「特殊なお考えですねえ」
「過去に戻るといっても、あの過去じゃないよ」
「はあ、どんな時間軸ですか」
「過去へ戻るのだが、あの過去ではなく、別の過去だったりする。だから、同じ道を引き返すんじゃなく、別の道から過去へ向かえば、未知なる過去へ至るかもしれない」
「もう、ついて行けませんが」
「そうか」
「はい」
「私もだ」
 
   了


 


2017年8月19日

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