小説 川崎サイト

 

毒茶亭

 
 福崎にある毒茶屋敷は分かっていても、つい飲んでしまう。武家屋敷風の民家だが、店屋ではない。通りに通用口があり、ここは門構えではないため、出入りしやすい。普通の小径ではないかと思い、入り込んでしまうことがある。その周辺は古い街並みが残っているが保存云々はない。ある意味穴場の観光地だが、その施設は何もない。ただあるとすれば、この毒茶屋敷。
 小径に入り込んだ人は玄関横の庭に出る。それなりに手入れされた日本庭園だ。ここまで入り込むと、これは人の家の庭だと分かり、引き返す。それで別段変わったことは起こらないが、老婆がたまに通りで立っている。その老婆を無視すれば事なきに終わるが、毒茶屋敷の噂を知っている人なら、老婆に声をかけてしまう。この人が毒茶屋敷の老婆と呼ばれる人なのかと少し感動的に。
 この老婆は客引きの引き込み婆ではない。声をかけなれば、無闇には引き込まない。
 つまり、話しかけると、立ち話では何なので、お茶でも入れますからとなる。武家屋敷風な敷地内に入れるので、これは滅多にないと思い、見学がてら屋敷内に入る。
 母屋の端に離れがあり、毒茶亭と額がかかっている。客人はそれを見ているはず。
 毒茶亭の内部はそれなりに広い茶室。八畳ほどの古びた座敷で、武家屋敷時代は応接間のようなものだった。特に茶室風には作られていない。
 そして、お茶が出るのだが、それを飲むと、イチコロ。
 毒茶を出す屋敷。しかもその茶室風な建物にはしっかりと毒茶亭と書かれているのだから、これは飲んではいけないだろう。最初から毒茶を出しますと断っているようなものだ。しかし、客はついつい飲んでしまう。分かっているのに。
 まさか本当に毒茶を出すとは思っていなったのかもしれない。きっと毒のような毒々しいお茶だと思っていたのだろう。
 
   了


2017年8月22日

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