小説 川崎サイト

 

磨岩仏辻の妖怪

 
 妖怪博士は珍しくフィールドワークに出た。妖怪を見たという老人の話を聞くためだ。その信憑性は考えなくてもないのだが、場所が一寸気になった。
 よくある山の斜面に拡がっている村で、平らな場所を探すのが難しい。山の根が村に差し込まれ、坂道が多い。日本中何処にでもあるような山裾の村だが、妖怪が出るのは磨岩の辻と呼ばれる山道のような村道。場所的に高い位置にあり、村を見下ろせる。そこに辻があり磨岩仏と呼ばれる岩があり、仏像のようなものが浮き彫りされているが、誰だかは分からない。古すぎるため、殆ど風化し、目鼻はない。のっぺらぼうだが、これが妖怪なのではない。この磨岩の辻を妖怪が通るらしい。
 この話は妖怪博士付きの編集者がやっているウェブサイトに来た投稿で、子供が多いのだが、珍しく年寄り。最近見た記憶はないが、子供の頃はよく見たとか。そして多くの村人も遭遇したようだ。
 その真意を問うよりも、妖怪博士は場所が気に入った。
 目撃した老人は、その辻に磨岩仏があるといっているが、磨崖仏の間違いだろうが、実際に実物を見ると、小さな磨崖仏。崖ではなく、大きい目の岩に彫られているので、磨岩仏と言い出したのだろう。しかし、村はずれのお地蔵さんではないらしく、風化しているとはいえ、人間味のする顔なので、明王クラスの誰かだろう。不動明王なら分かりやすいが、顔が人に近いが、獣が入っている。岩は自然のままで、仏像とは一体化していない。元々そこにあった大きな岩かもしれない。
 さて、どんな妖怪がその前を通るのかというと、丸い笠をかぶった腰の曲がった小さな人らしい。あまり人が通らない外れなので、そんな人とすれ違えばドキッとする。それだけのことだ。
 この妖怪を村人は磨岩様の眷族と呼んでおり、投稿者の老人が子供の頃には、多くの村人も遭遇したらしい。
「どんなお顔の妖怪でしたかな」
「いつも笠をかぶっておりましたので、顔までは分かりません」
「あ、そう」
 この老人が子供の頃まで、腰の曲がった小さな人がいたのだろう。その人が亡くなってから出なくなり、当然今も出ない。だから、簡単な話なのだが、その風景を妖怪博士は気に入った。一寸小高いところに磨岩仏があり、小径があり、村が見渡せる。非常に良い風景だ。この小径を背の低い腰の曲がった村人の誰かが通っている。
 辻には三方から道が来ており、村を外周する道、そこから下る道、そして山側へ延びる道。
 その山側の道は何処へ行くのかと聞くと、老人は奥山だと答えた。
「その山道沿いに何かありませんでしたか」
「炭焼き小屋がありました。その奥は銀山の廃坑も」
「そこも、この村のうちでしたかな」
「いや、もう別の」
 笠を被り、大きな荷を背負い、腰の曲がった小さな人。おそらく、そこの人だったのだろう。
 妖怪博士は、その実地検証をウェブ上で発表した。山から下りてきた精霊が、たまに行き来していたのであろうと。
 
   了
 


2017年8月24日

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