小説 川崎サイト

 

狸寝入り

 
 岸利駅は夏の駅。それは坂口にとっての話で、この駅へ来るのは夏が多い。そしていつも暑くて眩しい。ここに海水浴場があるわけではなく、同人が住んでいる。同人とは同じ趣味の仲間で、親友ではない。だから普段の付き合いはない。しかし、岸利に住むその同人竹下は年上だが相性がいい。同人の中では一番気が合うので、話すことが多い。
 そして例会以外でたまに彼の家へ遊びに行くことがある。それが決まって夏。
 前回行ったのは一年前。駅前や竹下の家までの道沿いは変わっていない。暑くてほこりっぽいことも。
 竹下は店舗つきの住宅に住んでいるが、二階のある長屋のようなもの。表は店屋通りだが、竹下の店はシャッターが閉まったまま。このタイプの店はもう流行らないので、そんな例は多いが、竹下の店は最初から閉まっている。開店しないまま終わったようなのだが、住居としては問題はない。
 勝手知った家ではないが、表はシャッターなので、裏口の勝手口から入る。
 いきなり来たので驚くだろう。幅の狭いドアをノックするが反応はない。いつもなら階段を降りてくる音がするので、留守かもしれない。しかしドアを引くと開いた。だから、二階にいるのだろう。
 それほど親しい間柄ではないが、こうやって勝手にドアを開け、二階の階段を上るのは何度かある。いい前例か悪い前例かは分からないが。
 階段を上がると二間続きの部屋に出る。夏場なので全部開けている。そして部屋の中は全部見える。どうやら昼寝中のようだ。
 流石に蒲団の前までいきなり行けないので、声をかける。エアコンが効いているのか、タオルケットを掛けて寝ているようだが、坂口の声で、身体が動き、上体を起こした。それが長い黒髪。
「あ、間違えました。泥棒ではありません。ここ確か竹下さんのお宅でしょ」
 似たような勝手口がずらりと並んでいるので、間違えてのかと思った。
「はい、竹下は留守です」
 竹下が結婚したとか同棲しているとかは聞いていない。そんな深い付き合いではないので、言わなかっただけかもしれない。
「じゃ、出直します」
「そうですか。何か冷たいものでも」
「いえいえ」
 後日、この事を竹下に言うと、それは岸利狸だろうとの返事。そんなことがあるわけはないが、岸利は昔から狸がよく出る場所で、狸に欺される話が多かったとか。
 しかし二階にいた狸、坂口が上がってきたので、狸寝入りしていたわけではないはず。しっかりと起きてきたではないか。
 だが竹下が岸利狸の仕業だと言い張るのなら、それを信じるしかない。それが仲間内としての礼儀だろう。
 
   了



 


2017年8月28日

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