小説 川崎サイト

 

お開き

 
 静寂を破ったの大村だった。深い森の中にいるような静まりかえった会議室。大村の「ああ」という言葉で全員我に返ったように次の発言を待った。
「ああ」
 その次が出ない。これはただのため息だったのだが、注目されたので、何か続けないといけない。しかし言うことは何もない。迂闊に何かを言えない状態のためだ。だから全員無言。百年の沈黙を守る石像のように。しかし石仏が喋り出す方が珍しいというより有り得ないだろう。それほどどの顔も固まっていたのだ。
「ああ、このへんで、お開きに」
 全員それを待っていたので、それに従った。
 会議室を出た大村は喫煙所に向かい、そこで一息入れた。
「有り難うございます。大村さん」
「え、何ですか」
「あの一言で決まりました」
「だから、何も決められないまま皆さん沈黙していたのでしょ」
「言うべきこと、語るべきこと。説明すべきことは山ほどあります。しかしそれが言い出せないのです」
「分かります。迂闊なことを言うと戦争ですからねえ」
「そうです。物音一つ立てただけで、戦いが始まりそうな雰囲気でしたから」
「しかし、僕は、ため息をついただけで」
「いえ、中止するのが一番です。あのまま続けていれば、今頃けたたましい鶏同士が、バタバタ羽を飛ばしながら乱闘でしょう」
「つまり、会議は辞めて方がよかったと」
「そうです。だからお開きにしましょうのひと言で決まりました。全員賛成でしょ。事を起こしたくないのは皆さん同じですから」
「しかし、問題は解決しないでしょ」
「そんなもの最初から解決しません」
「そうでしょうねえ」
「だから、こんな会議を開こうとした作田さんが悪いのです」
「そうなんですか」
「争わそうとしていたのです」
「はい」
「これは勲章ものです」
「いや、僕はただ、ああとため息が偶然出て、そんな意志はなかったのですよ」
「水面下の争いは続きますが、それを表に出してはまずいのです。水面下のことは水面下で解決できます」
「よく分かりませんが、結果オーライだったわけですね」
「有り難うございました大村さん」
「そんな大袈裟な」
 大村はこんなことでいいのかなあと、また煙草を一本取りだし、吸い始めた。実は早く会議が終わって煙草を吸いたかっただけなのだ。
 
   了

 


2017年9月10日

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