小説 川崎サイト

 

落ち穂

 
「落ち穂ってご存じですか」
「落ち葉ですか」
「いえ、ぼ です。田んぼの ボ」
「はあ」
「オチバではなくオチボ」
「何ですか。その落ち穂って」
「田んぼが終わった、つまり稲刈りが終わった後、落ちてしまった稲の穂です」
「そんなことを話題にする人はいるのでしょうか」
「いるでしょ、広い世の中なら」
「でも、落ち葉拾いは聞きますが、落ち穂拾いは聞きません」
「人ではなく、雀や鳩、鴉なども、稲刈り後の落ち穂拾いをやっています」
「はあ」
「だから里の鳥にとっては話題になっているでしょうねえ。あっちの田んぼは落ち穂が多いとか、あそこの田んぼは落ち穂の山があるとか」
「籾殻じゃないのですか」
「籾殻の中にも、実が残っているのがあるはずです。突いてみないと分からないので、これは確実性がありませんがね。そこから探し出す鳥もいますよ。まあ、殻だけでもいいんじゃないですか。一番いいのは実の入ったものですが。最近は機械ですが、刈ると同時に脱穀。そのとき鳥が集まってくる。機械の後ろから付いてくるようにね。刈るとき、機械でも落ちるんですよ。だからそれを拾う。雀などは人間との間に一定の距離を置くものですが、この日は実入りが多いので、かなり近くに来ますよ。まあ、雀に餌を毎日のようにやっていると、徐々に距離が近付きますがね。近くまで来ます。雀は実は飼えるのですよ。しかし、雛からじゃないと無理ですが、それを言い出すと、殆どの鳥は雛からなら懐くものです」
「最初に触れた動くものを親だと思うわけですね」
「そう言われていますがね」
「違うのですか」
「それは雛じゃないから私には分かりません。鳥など飼ってことはありませんからね」
「しかし、落ち穂など話題にしている人など少ないでしょ。なぜ、今、落ち穂なのですか」
「今がその季節のためです」
「まったく使う機会のない言葉です」
「農家なら使うでしょ。落ち穂は」
「でも、落ち葉か何かを拾っている名画はありますねえ」
「山じゃなく、農地で拾うのがいいのです。落ち葉拾いもありますが、落ち葉など拾っても仕方がありませんからね。実入りにならない。まあ、葉っぱの需要があるかもしれません。餅などを葉で包みますからね。桜餅とか柏餅とか料理の飾りとかね。しかし拾うというより、あれは地面に落ちた瞬間はいいのですが、すぐに汚れますから、まだ枝に付いているのをむしるのでしょうかねえ」
「はあ、あまり興味はありませんが」
「昔は落ち穂をそのままにしていたらしいですよ。鳥じゃなく、人が拾いに来るのです。きっと貧しい人でしょ。その人達のために落ち穂はそのままにしていたとか」
「お話しが日常から離れすぎて」
「そうですなあ。私も落ち穂のようなものです。だから親しみがある。落ち武者のようなものです」
「はい」
「この季節は落葉の季節。落ちる季節です。落ちるというのは哀愁があります。都落ちとかもね」
「で、このお話の落ちは」
「いや、最初から落ちていたので、これ以上落とせません」
「あ、そう」
 
   了

 


2017年11月2日

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